《 世界のワクワク住宅 》Vol.012

仕切りパネルや壁を移動させ、住みながらリノベーションできる部屋〜 香港 〜

投稿日:2018年11月22日 更新日:

香港のゲイリー・チャンの家は広さ32㎡のワンルーム。国際的に著名な建築家にしてはずいぶん質素な住まいに聞こえるが、ほぼ40年間、彼はこの同じ部屋で暮らしている。最初は両親と3人の妹が同居していただけでなく、寝室の一つをサブレット(注:旅行中などの一定期間あるいは恒常的に、部屋を又貸しすること)にしていたという。

この部屋は1960年代に建設された19階建てビルの一室。同じビルには似たような部屋が100室以上入っている。建築家になったゲイリーは何度もこの部屋のリノベーションを繰り返してきた。「既存の認識を解放して空間と向き合うと、その空間を最大限に活かすアイディアがいろいろ浮かんでくる。建築家として大いに刺激されます」とゲイリーは言う。

ゲイリーの自宅リノベーションは、2007年の「ドメスティック・トランスフォーマー」というプロジェクトで一応の完成を見る。彼の「マイクロアパートメント」はメディアで広く取り上げられ、動画も話題となる。

リノベーションの最重要ポイントは、3LDKだった部屋をワンルームにしたこと。壁を撤去して可動式の仕切りを天井からぶら下げた。その結果、日によって、あるいは時間帯によって異なる目的に応じた空間を容易に作り出せるようになる。たとえば、ある仕切りパネルを動かすと、冷蔵庫・皿洗い機のあるキッチンが現れ、さらにパネルを寄せると、そこはランドリールーム(洗濯機・乾燥機、収納戸棚)といった具合。TV観賞用のカウチを壁に収納すれば、代わりにベッドが出てくる。

自分の部屋にほしいものは人それぞれだ。ゲイリーが望んだのは、たとえばゲストルーム、スパ、本格的なキッチン、ウォークインクローゼット、ヨガや体操をするスペース。それから昼寝用のハンモックも。この小さな部屋では不可能な望みに思えるだろうか? だが、まさにその認識を壊して、上記に挙げたものすべてを兼ね備えた部屋にリノベーションしたのがこのマイクロアパートメントなのである。「狭い空間は生活の水準・質の低下を意味しない」と、ゲイリーは繰り返し主張する。

バスルームには浴槽のほか、かなり広いマッサージシャワーのブースがある。「歩きまわれるくらい広いでしょ!」とゲイリーは言う。「パーティの時はシャワーブースが電話室になるんだ。ここは静かだから」。なるほど、と納得する一方、この部屋でパーティも開くことに驚く。「10人までならディナーもOK。着席しないなら20人は呼べるよ。パネルをどちらか一方に寄せてしまうと、常に180平方フィート(約17㎡)の何もない空間が生まれるからね」。そう、だからこそハンモックでの昼寝も、ヨガも、ビッグスクリーンでの映画鑑賞も、友人たちを招いたパーティも可能なのである

建築家のゲイリーはデザイン細部や素材にもこだわりを見せる。たとえば、パネルのハンドルデザイン、照明、素材、食器等々。さらに、仕事用デスクが食卓に変わる仕掛けやハンモックの収納方法も考え抜かれている。何より、仕切りパネルは秀逸だ。ぜひ上の動画で確認していただきたいのだが、パネルは実にスムースに動き、力を入れる必要もない、まさしくストレスフリーの仕様だ。「だって、毎日何度も動かすわけだから、使いやすくなくてはね」とゲイリー。時間をかけてリフォームを繰り返してきただけのことはある。

ダークミラーの天井と黒い大理石の床も美しいだけでなく、広さを感じさせる演出の一つである。部屋のいちばん奥の壁は全面ガラス張りだが、黄色いフィルムを張ってあるので、室内は暖かな金色の光に満たされる。天井、床、仕切りパネルのメタリックな質感が黄金の暖かな光に包まれて、部屋全体が不思議な空間になる。もちろんこのガラス窓を覆うスクリーンは映画鑑賞用に使えるし、眠るときにはカーテン代わりになる。

ゲイリー・チャンが手がけた、別のマイクロアパートメントも紹介しよう。「18㎡プロジェクト」という名前で呼ばれている。ここでも「狭い空間は生活の水準・質の低下を意味しない」設計・デザインが追求されていることがわかるだろう。

仕切りのパネルや家具を動かして、必要に応じて空間を変えられるようにする手法は、ゲイリーの家と同じである。小さな部屋を快適に、そして広さも感じるようにする仕掛けがいたるところにある。

18㎡と言えば、都心のビジネスホテルのシングルルーム程度の広さだ。このワンルームを快適にする仕掛けは、ゲイリーの家でも見た可動式の間仕切り、多目的家具(収納ケース兼椅子など)に要約される。さらに、「18㎡プロジェクト」では市販のユニット家具を活用して改装費用・時間を節約することも提案している。

ゲイリーのアパートメントは「一つの生き方のプロトタイプ」だと評した批評家がいるが、まさにそのとおり。変化を恐れず柔軟に状況を判断し、限りある資源と空間を前に、自分にとって真に必要なものを自問することが彼の設計デザインの基本である。彼の小さなアパートメントは見る人、住む人をさまざまにインスパイアする。

香港生まれのゲイリー・チャンは大学卒業後、建築設計事務所のEDGE(現在はEDGE Design Institute Ltd.) を設立。世界各地で大規模集合住宅、商業・文化施設を手がけるほか、個人の住宅への関心も強い。

 

写真/images: EDGE Design Institute Ltd. 

出典/sources:EDGE Design Institute Ltd.

文責/text by:林 はる芽/ Harume Hayashi

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林 はる芽

フリーランスの翻訳家・エディター 日本語・フランス語・英語、時々スペイン語・ドイツ語を翻訳。 最近のおもな訳書にフレデリック・マルテルの3著『超大国アメリカの文化力』(共監訳)(岩波書店2009)『メインストリーム』(同2012)『現地レポート 世界LGBT事情』(同2016)、Kenjiro Tamogami, et.al. Fragments & Whol (Editions L’Improviste 2013) [田母神顯二郎他『記憶と実存』(明治大学 2009)]など。

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