《 世界のワクワク住宅 》Vol.051

月に住む夢を形に!月面住居のプロトタイプ<LUNARKとRosie>〜SAGAスペース・アーキテクツ(デンマーク)

投稿日:2022年10月8日 更新日:

「人は再び月に向かうだろう。今回はそこに旗を立てるためではなく、住むために。宇宙では居住空間がすべてだ。そこには自然も、移りゆく景色も、目新しいものもない。人と居住ポッド。それしかないのだ」

広大無辺な月面に人が住むとしたら。
デンマークのSAGAスペース・アーキテクツは人が月に住む未来を見据え、建築、科学、心理学など多角的な視点で新しい月面住居を考察している気鋭の建築集団だ。彼らが言うように、人は月に降り立った瞬間から与えられた居住空間に頼るほかない。それをいかに充実させられるかが、「月に住む」という夢を形にできるかどうかの一つの決め手となるのだろう。

SAGAが目指すのは宇宙でのサバイバルではなく、あくまでも一般の人が一定期間暮らすための空間。たとえば心理面から言うと、人を無機質で閉鎖的な環境に孤立した状態で置くことはストレスとなり、長期滞在には不向きだという実験結果がある。過酷な訓練を耐え抜いた宇宙飛行士でなくとも、人が月で暮らせるようになるには、居住空間の建築自体が宇宙の単調な環境と精神的ストレスから人を救うものでなければならない。適度な刺激と、地球の昼夜の周期に合わせて生活ができることも必要だ。

SAGAが2022年6月に作り上げた月面住居「ローゼンベルク・スペース・ハビタット」、通称「Rosie」。

ご覧の縦型の建物は、こうした理想を踏まえてSAGAが作り上げた2.5階建ての住居のプロトタイプ。「ローゼンベルク・スペース・ハビタット」、通称「Rosie」と呼ばれている。

白一色の波打つ外郭は最新の3Dプリンター技術で成形され、高さが7メートルもあるが、SpaceX社の宇宙船スターシップの中にすっぽり入るよう計算されている。

Rosieはスイスの歴史ある寄宿学校、インスティテュート・アウフ・デム・ローゼンベルクと共同で開発されたものだが、この点が実に興味深い。現在Rosieは同学校内に置かれ、8歳から18歳の生徒たちが2人1組となってその中で短期滞在をシミュレーションするという本格的な実験を行っている。生徒たちを宇宙開発、デジタル工作技術、建築などに触れさせる充実した教育プログラムには感心させられるが、各分野の未来の担い手はこうした子どもたちにほかならず、そういう意味では実に現実的なプログラム展開だと言えるだろう。

では、内部を詳しく見ていこう。
Rosieは三角柱に近い構造を最大限に使い、2名の居住を想定している。一番上は半階分の高さで、就寝キャビンが2つある。

壁面と天井は落ち着いた色味の柔らかいテキスタイルで覆われていて、なかなか心地よさそう。しきりはないが各々がリラックスでき、ある程度のプライバシーが確保される寝室だろう。

続いて2階部分はリビングスペース。Rosieのすべての機能がコントロールできるダッシュボード、折りたたみ式のテーブル、各人のためのワークスペース、オーバーヘッド収納などがある。

デスクのすぐ隣の窓は閉塞感を生まない工夫の一つ。ここでもまたコルクなど温かみのある素材が随所に使われ、グラデーションが美しい壁面パネルはなんと手染めのフェルトだそう。一見すると宇宙での居住空間というよりは、昨今注目が集まっているタイニーハウスの類にも見える。それはつまり、最小限のスペースでいかに快適な暮らしを目指すか、そのための工夫の表れにほかならない。

そして、1階には主にトイレとシャワーを含むエアロック式の部屋、作業スペース、大型の収納棚、ダッシュボードなど。

デスクの下に見える黄色い四足歩行ロボットは、アメリカのボストン・ダイナミクス社が開発した「SPOT」。Rosieの中で居住者をサポートすることが期待されている。

また、月に行く際にはローゼンベルク学校が所有するロボット犬SPOTを帯同することも想定されており、ご覧のようにその待機場所も設けられている。

各階へはコルクバッドが敷かれたグリップのいいラダーを上り下りしながら移動する。

各階の天井部分に備えられた「サーカディアン・ライトシステム」は自然光のサイクルを再現し、居住者の心身の健康を保つ。

さて、先述した通り、月面での居住空間には心身の健康を保つための工夫が必須となる。月と地球では昼夜の周期が違うため、体内時計を維持するためには地球上と同じ自然光を再現することがベスト。

Rosie内部では、デスク、就寝キャビン、エアロックなどほぼすべてのエリアの天井に、移り行く自然光を24時間周期で再現する「サーカディアン・ライトシステム」を導入している。簡単に言うと居住空間の中にデジタル制御された「人工の空」を作り出すということだ。

Rosieの前身であるLUNARKは2020年にグリーンランドに実験的に設置され、開発者2名が2ヶ月間滞在した。

SAGAは2020年に、Rosieの前段階としてLUNARKという一号機を作り、月によく似た過酷な環境であるグリーンランド北部で実験を行っている。この実験の最大の成果は、サーカディアン・ライトシステムの必要性と有効性が証明されたことであった。

黒いカーボンファイバーパネルで作られたLUNARKは、日本の折り紙から着想を得た折りたたみ式の構造。これを気温マイナス30度にもなるグリーンランドに運び、その中で開発者2名が月面での生活を想定しながら60日間を過ごした。

この間、サーカディアン・ライトシステムは夜明け、日の出、昼光、夕焼け、夕暮れなどを再現。単調なリズムを避けるために光量が強い日や薄曇りに似た状態を作るなど、さまざまなバリエーションが加えられた。

その結果、正常な睡眠ホルモンの分泌が確認され、自然な睡眠サイクルが確保できたそう。月に似た殺伐とした大地での生活は、光による適度な刺激や変化によって快適なものとなったということだ。
開発者の一人であるセバスチャン・アリストテレス氏はこう語る。「LUNARK内の人工の空は私たちの心身の健康にとってもっとも重要なものとなりました。太陽光が感じられないモノトーンな外の世界に対して、時間の流れを本能的に感じさせてくれたのです。LUNARKの中にいながら日の出とともに目覚める感覚は素晴らしく、自然で気持ちのいいものでした」。

LUNARKも、その実験結果を反映する最新のRosieも、根底に流れるのは「ヒュッゲ」の精神だと聞き、深く納得した。ヒュッゲとはデンマーク語で「心地いい空間」を意味し、昨今ライフスタイルやインテリアの世界でも注目を集めるワード。想像を巡らせるほかない遠い月の話と思いきや、やはり人間に必要なのは五感と身体で感じる自然や日常における心身の快適さ。そう思わせてくれるSAGAのプロジェクトは、月に住む夢を形にする確実な一歩となるに違いない。

SAGA スペース・アーキテクツ Rosieプロジェクト

https://saga.dk/projects/rosenberg

SAGA スペース・アーキテクツ LUNARKプロジェクト

https://saga.dk/projects/lunark

写真/All sources and images courtesy of SAGA Space Architects

https://saga.dk

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

 

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河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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