《 世界のワクワク住宅 》Vol.052

白銀の世界を彩る新時代の南極基地〜ハリー第6基地(南極大陸)

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今回の「世界のワクワク住宅」の舞台は南極大陸。
厚い氷の層に覆われた陸地はオーストラリア大陸のおよそ2倍の面積。平均気温はマイナス50℃。1840年頃に人類に発見され、1911年にノルウェーの探検家アムンゼンが南極点に初到達した。氷の上から凍てつく海に次々とペンギンが飛び込むのは魚を捕るためだが、海の中ではペンギンを捕食するヒョウアザラシが待ち構えている。
私の南極の知識はざっとこんなところだ。ファクトの大半は、何年も前の夏休みに子どもと訪れた南極に関する展覧会から得たもの。昭和世代だから、映画『南極物語』に登場するそり犬のタロとジロの印象も強烈に残っている。何が言いたいかと言うと、南極と言えばブリザードが吹き荒れ、動物たちが過酷な生存競争を繰り広げ、高倉健のような越冬隊員が不撓不屈の精神でサバイブするほかない場所、というイメージが強いということだ。
しかし調べてみると、それが一気に覆された。南極での暮らしも歳月を経てずいぶんと変化したようだ。

Photo by Anthony Dubber

現在、領有権の主張が認められない南極大陸には、南極条約に加盟する20以上の国々が基地を構え、それぞれが学術研究を行っている。南極は日常的に人間が活動しない場所であるため、地球環境のいわば「素の状態」をモニターし、未来に役立てるデータが得られる場所なのだ。
こうした任務に携わる研究者の数は年々増え続け、滞在期間も長期化している。これまでは人の命を守る実用性が重視された南極の建物も、居住の快適性や環境に配慮した造り、稼働や維持の省エネ性など多角的に考えられるようになった。さらには現代的なデザイン性も加わり、各国の観測基地はさながら万博のパビリオンのようにそれぞれの独自性を発揮している。

Photo by James Morris

今回紹介する英国の観測基地「ハリー第6基地」は2013年に完成したもので、こうした新時代の南極基地の先駆け的存在である。
1957年に第1基地が建設され、以来、英南極調査所(BAS)による重要な科学的研究が継続して行われている。中でも1985年にオゾンホールを発見したことは、この基地のもっとも有名な研究成果だろう。

基地は年間400メートルの速度で沖合へ移動する、厚さ150メートル以上のブラント棚氷の上に建てられている。 最低気温はマイナス56℃、雪の堆積量は年間約1メートル。冬の間は一日を通して太陽が昇らない極夜が100日ほど続く。激しい風雪にさらされる陸地への物流は夏季にしか行われない。こうした厳しい自然条件の中での基地の維持は非常に難しいのだ。
実際、第2から第4までのハリー基地は耐用年数が短く、1992年に完成した第5基地も15年は持ったものの、棚氷が崩壊する危険性があったため最終的には解体された。当然のことだが、基地を支える棚氷が氷山として分離してしまうと、越冬隊員はそこに取り残されてしまう可能性があるため、移動や建て替えは必須なのだ。

コンセプトスケッチ

この問題に対処すべくBASは2004年に新しいハリー第6基地の設計コンペを開催し、世界中から86案が集まった。最終的に選ばれたのは、ロンドンを拠点とするヒュー・ブロートン・アーキテクツが提案する実に革新的なデザインであった。


氷床(8)の上にスチール製のスキー(6)を履いた油圧式の脚(4)。

基地は8つのモジュールに分割され、それぞれに油圧式の脚がつけられている。脚の先にはなんと巨大なスチール製のスキー。雪が降り積もればこの脚をぐぐっと上に伸ばし、棚氷に亀裂が生じた際にはモジュールごとブルドーザーで牽引して、より安全な場所へ移動ができるというものだ。なんともクレバー!

一列に並んだモジュールは、風向きに対して垂直に設置される。こうすることによって雪が風上に堆積することを避け、モジュールへのアクセスやモジュール自体の移動がしやすい硬い氷の地面が確保できるそう。基地は大きく2つに分けられ、火事などの緊急時に備えてそれぞれにエネルギー供給センターがあるが、電力、排水、水道の共有を可能とするブリッジが両サイドを繋げている。

ベッドルーム(1)やシャワールーム(2)の配置はこの通り。

現代的でスタイリッシュな南極での暮らしの一幕。明るいグリーンの壁にゆったりと座れるソファ。奥にはビリヤード台が置かれている。 Photo by James Morris

青色のモジュールはベッドルーム、研究室、オフィス、エネルギー供給センターなどとして使用されている。北側のモジュールには隊員たちが南極の環境を静かに観察できるクワイエット・ルームもあるそう。高性能ガラスを使用した窓からは、眼前に広がる氷の世界やオーロラなどを見ることができる。
また、内装に使用される色は、隊員たちが季節性感情障害に陥らないよう色彩心理学に基づき選ばれたもので、自然の香りがする木材も多く使われている。暗い冬季の間でも心身のバランスが保てるようにベッドルームには特殊な照明が置かれ、昼光シミュレーションが可能となっている。過酷な環境において単なるサバイバルではなく、現実的な滞在や居住を目指すための工夫は前回紹介した月面住居のプロトタイプにも見られるが、こうした共通点は興味深い。

そして、一際目を引く中央の赤いモジュールは、ご覧の通り2階建てのモノコック構造。バーラウンジ、ダイニングやレクリエーションスペースがある社交場としての機能を持つ。

赤いモジュールはミーティングルーム(9)、バーラウンジ(12)、ジム(8)などを含む社交場。中心の螺旋階段(7)がかっこいい!

冬季(9ヶ月間)には16人、夏季(3ヶ月間)には52人の隊員がここで安全に、快適かつ刺激に満ちた日々を過ごすことができるのだ。
熱性能や省エネの機能面、そして比較的簡単に組み立てられる利便性も考慮した上でFRPや断熱パネルといった素材が用いられている。建築資材はすべて氷の上を引きずって建設場所まで運ぶため、総重量もしっかりと計算された。夏季の間のわずか12週間で終えなくてはならない極めてハードな建設作業を3回繰り返し2013年に完成したハリー第6基地は、少なくとも20年は使用できるそうだ。

Photo by James Morris

2017年、棚氷に生じた大きな亀裂の危険性を考慮し、ハリー第6基地は23キロほど離れた場所に移設された。その後も新たなクラックが見つかり、隊員の越冬を諦めて夏季だけ使用するというシーズンもあった。やはり南極は一筋縄ではいかない過酷な場所のようだが、その都度ハリー第6基地は機能を損なうことなく存続してきた。

ハリー第6基地の後も、ヒュー・ブロートン・アーキテクツはスペインやニュージーランドの観測基地の設計を任され、ダイナミックなデザインを通して新時代の南極基地のあり方を提示し続けている。真っ白な氷の世界に彩り豊かな不思議な形の建物が次々と建てられ、研究者たちはそこで地球の未来に生かす研究を進めているのだ。そう考えると、なんともワクワクする。

写真/All sources and images courtesy of Hugh Broughton Architects

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

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河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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