《 世界のワクワク住宅 》Vol.047

舐めたらしょっぱい?壁も天井も家具も塩でできたホテル<パラシオ・デ・サル>〜ウユニ塩原(ボリビア)

投稿日:2021年12月14日 更新日:

今回の「世界のワクワク住宅」の舞台は、南米ボリビアのアンデス山脈に囲まれた広大な塩の大地、ウユニ塩原。見渡す限り平坦な大地は溜まった雨水が雲や空をそのまま反転させたかのように映し出すため、「天空の鏡」とも称される。世界有数の絶景スポットとして知られ、多くの人のバケットリスト(死ぬまでにしたいことのリスト)に書き加えられる旅先の一つだ。

ウユニ塩原はボリビア西部にあるウユニの街から車で1時間ほどのところに位置し、その広さは11,000平方キロメートル。標高は約3,700メートル、つまり富士山の山頂付近とほぼ同じ高さだ。そのため空気は薄く、強い紫外線を遮るものもないので人によってはかなりハードな滞在になるそうだが、朝日や夕日によって異なる表情を見せる塩原を存分に楽しむには周辺のホテルに数泊するのがベストだろう。

そのうちもっとも人気が高いのがパラシオ・デ・サル。「塩の城」と銘打つにふさわしく、塩を主な建材とするユニークなホテルだ。

始まりは1998年。南ボリビアの観光業に携わっていたファン・ケサダ・バルダなる人物が塩原の美しさをより多くの人々に楽しんでもらいたいと願いホテルの建設を思い立つ。塩原の美しさに隔たりなく繋がる、言うならばパラレルワールドのような空間をつくることを目指し、塩そのものを用いるのが最適だと考えたのだ。

当初は塩原内に建つホテルだったが、2004年に塩原の端に移設され、より多くの宿泊客を迎え入れる実用的な空間へと生まれ変わった。ちなみに現在は景観の保護と安全を考慮して塩原内に建物を建設することは法律で禁じられているそう。

パラシオ・デ・サルは100万個以上の塩のブロックを使い、建設されている。これは乾季に溜まった水が蒸発して出現する岩盤のように硬い塩を立方体に切り出したもので、さらに塩と水をペースト状に混ぜた結合材でブロック同士を固めている。このブロックが室内壁や天井のみならず、椅子、テーブル、ベッドなどの家具類にまで用いられているのだ。

毎年、雨季が終わる頃には建物のおよそ1割が自然と失われ、再建工事が繰り返されるという仕組みだ。
そういえば、過去に紹介したスウェーデンのアイスホテルも荒野を流れるトルネ川から切り出した氷で建設され、春に解けてなくなる部分が再び建設されるという仕組みだった。こうした自然の循環が崩れないための工夫が重ねられていることを取材した。
パラシオ・デ・サルは塩原の東縁にある製塩業が盛んなコルチャニ村から塩のブロックを提供してもらい、この建設のサイクルを保っているそう。ボリビアは南米でもっとも貧しい国の一つに数えられるが、ローカルな製塩業を支えることにも大きな意義があるのだ。また環境の特性上、塩害も考慮しなくてはならない。銅線をプラスチックで被覆し腐食を食い止める工夫などが取られているという。

多くの宿泊客がこうした建物の有機性に興味を示すため、ホテル内にはあえてメンテを行わない手つかずのままの「塩の壁」がある。そもそも塩のブロックにはその時々の降雨量や堆積物が白い塩の層の中に線として現れ、うっすらとした縞模様が重ねられていく。ここではこうした塩のブロックのさらなる経年劣化や、湿度・温度の影響による変化などが一目で理解できるとあって、皆が写真に収めていくそうだ。

ウユニ塩原に四季はない。ざっと1月から3月までが雨季で、件の鏡張りの景色はこの時期に見られる。4月後半から11月の乾季には残った水溜まりに加え、乾季特有の真っ白な大地が見られるとあって観光にはベストシーズンとされる。乾季には周辺の砂漠から舞ってきた砂が塩と相まって独特の幾何学模様を描き、その神秘的な様子に多くの観光客が魅了される。

パラシオ・デ・サルは塩でつくられた最初のホテルだが、現在付近には同様のホテルが数軒ある。いずれも塩のブロックを積み立てる点では似ているが、天井まで塩が使われているのはパラシオ・デ・サルだけ。写真でご覧いただける通り、塩のブロックがドーム型に組まれているのが最大の特徴だ。

建物は俯瞰で見ると、アンデス文明の重要なシンボルである正十字架の形をなす配置になっている。また、ホテル内にはウユニ塩原の起源を物語る神話の登場人物が壁画レリーフとして再現されているが、これも地元の職人たちが塩を掘ってつくったもの。そして各部屋にはインカの神話に登場する神々の領域を示す名——Hanan、Kay、 Ukhu——がつけられ、ボリビアの歴史や文化に対する傾倒が至るところで感じられる。

小ぶりなスタンダードの部屋は「塩のイグルー」と呼ばれる親密な空間で、壁面もベッドも塩でできている。VIPルームにはテラスが付き、星々の下の塩原のパノラマを堪能できるとあって人気だそう。そして、神々の住む「ハナンパチャ」と名付けられたスイートルームにはラウンジとリビングルームが併設され、大きな窓から無限に広がる塩原を見ることができる。
いずれの部屋も先に述べた「塩のパラレルワールド」を体現すべく過度な装飾は避け、塩そのものを用いること、そして塩の景色を存分に享受できる空間となっている。

2017年に公開された『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』の有名な戦闘シーンは、ウユニの真っ白な塩原を惑星に見立てて撮影されたものだった。地上にありながら未知の世界をも彷彿とさせるほど、人々の想像力を大いに掻き立てる場所だということだろう。
日本からウユニ塩原までの総移動時間は40時間超。旅そのものにさまざまな制限が課せられる昨今とあって、少々気後れする遠さだが、「塩の城」は美しい変幻を繰り返す塩原を望むには最適な場所に違いない。いつの日か足を踏み入れてみたい。

写真/All sources and images courtesy of Palacio de Sal

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

 

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河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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