《 世界のワクワク住宅 》Vol.041

開けゴマ!住宅に「秘密の扉」をあつらえる<クリエイティヴ・ホーム・エンジニアリング> インタビュー編 〜アリゾナ(アメリカ)〜

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「世界のワクワク住宅」では、日本ではなかなか目にすることがない、クリエイティヴな視点から住宅を考える企業を取り上げている。
およそ3年前に私の前任の林はる芽さんが紹介したのは、アメリカ・アリゾナ州に拠点を置くクリエイティヴ・ホーム・エンジニアリング(以下、CHE)。「秘密の扉」のデザインと施工を専門とする企業だ。
個性と機能を兼ね備えた「秘密の扉」は、住宅に文字通り奥行きを加えるもの。本棚や倉庫の扉の先に異空間をあつらえるという特殊な依頼に、CHEはさまざまな趣向を凝らし、一つ一つ答えていく。「そんな会社があるの!」と、多くの読者の方々から反響をいただいた。

今回、CHEの創設者であるスティーヴ・ハンブル氏にじっくりとお話を伺う機会を得た。また、以前は写真でしかご紹介できなかった秘密の扉の数々を、今回は動画でお見せするので、ぜひ最後までお付き合いいただきたい。
進化し続ける秘密の扉のシステム、またコロナ禍で増えた需要についてもお話しいただく。


 

河野晴子:今日はお時間をいただきありがとうございます。「世界のワクワク住宅」で同じ会社を再び取り上げるのは初めてです。それだけ前回の記事に反響があったということです。 ハンブルさんは2003年にCHEを起業される前に、ご自身が賃貸で住まわれていた場所に秘密の扉を作りたいと思われたとか。

スティーヴ・ハンブル:はい、以前から秘密の扉というものにどういうわけか惹かれ、自分の家を持つ時が来たら、絶対に秘密の空間をたくさん作ろうと思っていたんです。ジェームズ・ボンドやバットマンの影響が確実にあったんでしょうね(笑)。

河野:ご自分のために秘密の扉を作ってみて、そこで満足はされなかったんですか? 会社を作るに至ったということは、それだけの需要とビジネスの勝算があると思われたのでしょうか?

ハンブル:実は自分のために秘密の扉を作ることができたのは、ずっと後になってからなんです。最初、リサーチを重ねていた時にそもそも秘密の扉に特化している会社が一つもないことに驚きました。私はもともとエンジニアですから、もしかしたらこれはビジネスとしていけるかもしれないと感じました。でも思い切った決断をする前に、たくさんの施工会社や建築家に意見を聞いて回りました。秘密の扉に対する彼らの意見はどれも好意的で、やってみればと背中を押されたんです。これまでこういう専門業者がないということは、それ相応のリスクがあるのだろうと覚悟はしましたが。

河野:起業されて、最初の注文はどのようなものでしたか?

ハンブル:高校の同級生が家を建てるので、そこにいくつか秘密の扉を入れて欲しいと頼まれました。一つはモーターで動く本棚式のもの、もう一つはニッチ型の飾り棚が天井に迫り上がるタイプで、銃を収納するタイプの保管庫でした。

河野:本棚のタイプが一番基本的な形状のようですね。本棚の向こうにまた別のコレクションが収納されていると想像すると、ワクワクします。

ハンブル:本棚タイプには簡易なものも、セキュリティー性が高いものもあります。クライアントのプライバシーを尊重したいので、実は何を収納するかは聞かないことが多いんです。でもこれまでに金庫、非常時に逃げ込むパニックルーム、子どもの遊び部屋、特別にロマンティックな部屋の造作なども頼まれました。 現在施工しているのは、美術館級のコレクションを収める部屋に続く扉です。月の石、飛行船ヒンデンブルグ号の破片、第二次世界大戦で使われたエニグマという暗号機、ロシアのスプートニク衛星の一部など、こちらが驚くような物を収納されるそうです。


 

普通の戸棚に見えるが、中に入ると所有者の目の虹彩を認識するアイリス・スキャナーが設けられている。その後、奥が扉として開く仕組み。奥の部屋側からも施錠できる。


 

河野:そういった物を家に置くとなると、やはり普通の金庫の「保管」を越えて、「隠す」という機能が必要なのでしょうか。

ハンブル:そうですね。保管以上のものが求められることはあります。最近あったリクエストで、扉をULレベル10にしてほしいというのがあったんです。これはつまり、軍用レベルの威力を持つライフルに対応し得る強度の扉が欲しいということなんです。ほかにも、重層的なセキュリティーを求められる方がいて、まずは指紋認証、その次に目の虹彩スキャナーを経て、やっと扉が開くというシステムを注文される方がいました。

河野:先ほどから銃とかライフルとか、我々日本人からしたら失礼ながら物騒に聞こえるのですが・・・やはりセキュリティー対策も施工の大きな理由なのでしょうか。防弾扉やパニックルーム式のドアは、中に逃げ込んだ時に外が見えるようにモニターまでついているとお聞きしました。映画のようですね。

ハンブル:我々はこの道のスペシャリストですから、依頼もトップレベルの方々からお受けします。外国の要人、国家元首、財界や実業界の方々、芸能人などが殺害予告を受けて、こうした依頼をしてくることも珍しくありません。

河野:そう伺うと、ワクワクというよりドキドキという感じですが・・・。

ハンブル:はい、でも普通の家庭でも侵入者に備えてパニックルームやセキュリティーの高い扉を依頼される方もいます。誰かに襲われる可能性が低くても、そういう空間が家の中にあるという安心感を持ちたい。クライアントのそういう思いも大切にしたいと思っています。

河野:以前CHEを取り上げた時に、階段下の秘密の仕掛けについて多くの反響がありました。

ハンブル:階段下のタイプは、あるクライアントの方が「ザ・マンスターズ」という、お化け家族を題材にしたアメリカのコメディー番組から着想を得たことからスタートしています。始まりはクライントの方からの提案でしたが、我が社のウェブサイトに載っている写真をもとにこうしたリクエストをされる方が多くいます。また、エスケープハッチと言って床にも天井にもつけられるタイプの扉や、家の外に出る通路に続く扉もあります。ちなみにアメリカ国内では、秘密の扉の設置に特別な建築許可は必要とされません。


 

セキュリティーが二段階の秘密の扉。キーカードで開くローセキュリティーモード、指紋認証で開くハイセキュリティーモードを兼ね備えている。一度中に入るとしっかり施錠されるが、停電や故障の場合でも特別な緊急リリースボタンがあって、外に出られる。


 

河野:以前取材させていただいた時から、新たに特別なヒンジ(蝶番)を開発されたと聞きました。

ハンブル:秘密の扉の可動をより効率的にする特別なヒンジの特許を取りました。本棚タイプの扉はとても重くなるので、特殊なヒンジがないと本棚=扉が重みに耐えられずにたわんだり、床を傷つけることがありました。また木製の扉の場合、湿気や温度で扉の接地面に問題が出るということも。こうした現象は、結果的に秘密の扉が「バレる」ということにつながります。我々のヒンジはこの重さに対応できるもので、どの方向の整列も狂わないということが特徴です。すべての扉に安全装置をつけているので、秘密の扉の向こう側にいる時に電源が落ちても、バックアップの電源や内側から解錠する方法が確保されています。

河野:率直にお聞きします。こういうものを施工してほしいと他業者に頼むのと、CHEを選ぶのとではどのような違いがありますか?

ハンブル:これはとても重要な質問です。「秘密の扉を作って欲しいという依頼を受けたが、やってみたらできなかった」と、我々に問い合わせをしてくる大工さんや住宅建築業者が結構いるんです。でも一度施工を始めてしまうと、ちゃんとした秘密の扉を作るのはほぼ不可能なんですね。やはり、扉のたわみや変形への対処、そして秘密が秘密であるための細部まで考え抜かれた仕組みには、高いエンジ二アリング技術と洗練されたデザインセンスが求められます。他業者と我々の仕事の違いは、一目瞭然だと自負しています。


 

本棚型の秘密の扉。かなりの重さがあっても、扉はたわまないようにできている。クライアントから潜水艦のオブジェをスイッチに使ってほしいと依頼を受けた。オブジェの二箇所を同時に触ると、扉が開く!


 

河野:この動画にある、潜水艦のオブジェに触れると扉が開く仕組みは遊び心がありますね! 「開けゴマ!」なんて、呪文で開く扉はありますか?


 

ライオンの頭蓋骨を模したオブジェの口を開くと、扉が開く。クライアントによって仕掛けは千差万別である。


 

ハンブル:「オープンセサミ!」(開けゴマ!)はよくあるリクエストです。私自身の家にあるのは、あるメロディーをピアノで正しく弾くと、扉が開くという仕組みです。そのメロディーですか? 実はジェームズ・ボンドのテーマ曲です(笑)。こういう楽しい仕掛けはやはり大事です。
最近では、アフリカで狩りをされる方からの依頼で、ライオンの頭蓋骨を模したオブジェの口をガッと開くと、扉が開くという仕掛けがありましたね。クライアントによって開き方は千差万別です。

河野:ビジネスのお話を伺う上で避けて通れないのが、コロナ禍の状況です。人々の働き方、暮らし方に変化が見られるようになってから、何かお感じになられることは?

ハンブル:2020年は我々にとって、これまでで一番忙しい一年でした。多くの方々が自宅で時間を過ごすようになったこと、緊急時に備えて食べ物や貴重品を保管する空間が必要になったことが、秘密の扉の需要を格段と高めました。ご記憶の通り、2020年は黒人の人権を主張するブラック・ライヴス・マター運動が盛んになった年でもあり、暴動に備える意識も高まりました。また、住宅ローンの金利がとても低くなり、家を建てる人が増えたのも我々のビジネスに大きな変化をもたらしました。また最近は、よりシンプルで安価な、あらかじめ設計されたタイプの秘密の扉を提供できるよう、Hidden Door Storeという新たなウェブサイトを立ち上げました。


 

これは男女用のクローゼット。洋服をかけるハンガーポールを2箇所同時に触れると、身体を通して微弱な電流が通り、扉が開くというシステム。ちなみにこの扉も防弾性だ。


 

河野:日本の住宅は小さいので、なかなか秘密の空間を作るのは難しいと思うのですが、「奥まった親密な空間」というのは日本人の私からすると、とてもしっくりくるものです。日本の家にも秘密の扉は可能でしょうか。

ハンブル:もちろん可能です! 秘密の扉は「空間を確保する」ためのものでもあるんですよ。たとえば、ニューヨークは他の州よりも居住空間が小さいですが、たくさんのご注文を受けます。

河野:では、最後に『ワクワク賃貸』の編集長・久保田からの質問です。「ハンブルさんは忍者屋敷をご存知ですか? 秘密の扉を始め、さまざまなからくりがあるんですよ」。いかがでしょう?

ハンブル:忍者はもちろん知っていますが、忍者屋敷は知りませんでした。なるほど、ちょっと面白そうですね。『ワクワク賃貸』の日本の読者の方から依頼があれば、そういった切り口もトライしてみようと思います!

河野:現在は、ご自身の新しい家を建てられているとか。秘密が秘密でなくなってしまうので、ハンブルさんの扉のお話はまたいずれお伺いしたいと思います。
本日は長時間ありがとうございました。

写真/All sources, images and videos courtesy of Creative Home Engineering and  Hidden Door Store

聞き手・取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

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河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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