《 世界のワクワク住宅 》Vol.011

ネットハウス=屋根や外壁がネットでできている家 〜アーメダバード(インド)〜

投稿日:2018年10月25日 更新日:

©Matharoo Associates

星空の下で眠りにつく喜びを熱く語るキャンピング愛好家は少なくない。屋外で一夜を過ごすかどうかはさておき、自然の中に飛び込み、その空気や香りを体感することはアウトドアの楽しみの一つだろう。だが、自宅で自然を感じたいからといって、屋根も壁も取り払う人はどれだけいるだろうか…。今回ご紹介するのは、外壁や屋根ネットやすだれに置き換えられる家、通称「ネットハウス」である。

写真をご覧になって、「なんだ、単にガラス張りの家?」とがっかりされたかもしれない。たしかに写真ではスチール製の骨組みにガラスパネルをはめ込んだ、ガラス張りの家にしかみえない。だが、この家にはそれ以上の秘密がある。え、秘密?一体どういうこと?

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ネットハウス(Net House)と呼ばれるこの家はインド北西部グジャラート州の主要都市、アーメダバード郊外にある。設計したのはマタルー・アソシエイツ。同地を拠点に活躍する世界的に有名な建築家グルジット・シン・マタルーが1992年に設立した建築デザイン事務所である。

この家の秘密に話を戻そう。当初、筆者自身も温室のようなガラス張りの家を想像し、念のためマタルー・アソシエイツに屋根もネットではなくガラス張りであることを確認したところ、同事務所のトリシャから意外な回答が返ってきた。「屋根の部分はネットです。ガラスはありません。だから風通しがものすごくいいんですよ」。え? 風通し? いずれにせよ、ネットハウスの屋根部分は蚊帳のようなネット製で、外壁はガラス張り、というのが基本構造。そして、ガラスパネルの代わりにネットやすだれを配して自然との距離を自由に調整できる家なのである。

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2010年、建築家マタルーはなだらかな丘が続く広大な敷地に週末を過ごす別荘の設計を依頼される。「周囲の自然環境に溶け込む、開放的な家」という施主からの要望があり、思いを巡らすうち、マタルーは「マチャルダーニ(4本の竹棹に支えられた単純な仕組みの蚊帳)の中で眠った子ども時代」を思い出したと言う。

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虫に刺されたり、睡眠を邪魔されたりするのを防ぐのがマチャルダーニの目的だが、ひとたびネットに潜り込めば、日中の暑さや騒音からも逃れて、時には涼しい夜風を直接感じられる装置でもある。マタルーは言う。「ネットの中は私の王国でした。そこは虫からも灼熱の太陽からも守られた安全な世界。それに両親の監視も届かない世界ですから」。

©Edmund Sumner

ネットハウス全体の中心は12m四方のガラス張りの建造物。ガラスパネルを支えるのは太い柱ではなく、繊細なスチール製の細い骨組みで、上下二層をわけるコンクリートの一枚板を吊り下げる様子が印象的だ。

上層にもちょっとした秘密がある。力学的・構造的な意味しかないのか、何らかの目的に使える空間なのか? トリシャに聞いてみると「上層は日光浴や昼寝を楽しんだり、ヨガや瞑想をするのにも最適な空間ですよ」と意外な回答。マタルーが昔を回顧して言うとおり、ネットが世界から自分を守る御簾のように機能してくれるということなのだろう。

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ネットハウスの外壁と屋根のガラスパネルは開け放つことも、竹製のすだれや蚊帳のようなネットに置き換えることもできる。もちろんガラスパネルに加えてすだれやネットを使ってもよい。ガラス扉を開放して自然との一体感を感じたい時もあれば、嵐や陽差しを避けたい時、睡眠や運動のために外界からの光や音を遮断したい時もあるだろう。季節や天候によって、あるいはその日の気分や必要に応じて外界への開放性を自由に調整できる。ガラスパネルをやめてネットにする、すだれを途中まで下ろす等々、自分好みの明るさ、空気感、室内の雰囲気を選べるのがこの家の最大の魅力だ。

©Matharoo Associates

©Matharoo Associates

細いスチール支柱が空間を占める上層と対照的に、下層は柱も壁もないオープンな空間だ。大きな多目的キャビネットにはリビングとバスルーム、外に開かれた空間とプライベートな空間に分けるパーティションの機能もある。

キャビネット自体も秀逸だ。食卓や椅子が収納可能、別の扉を開ければそこは冷蔵庫、食器棚、シンク、調理器具などが揃ったミニ・キッチンになる。別の扉からはエアコン・ユニットが現れ、CDプレイヤーやTVセット、さらにはクローゼットもある。夜になるとキャビネット上部の照明が黒いコンクリート床を照らし、微妙な光を作り出す。

©Matharoo Associates

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キャビネット裏には個室のバスルームが二つあり、ジャクージ、スチームバス、日光浴用のデッキを擁する外から覗けないスペースに続く。目の前には水浴もできる睡蓮の池、その向こうは緑の茂みと小高い丘。こうしてコンパクトなバスルームは外の世界とつながり、広がりを感じさせる構造になっている。

©Chandan Suravarapu

©Matharoo Associates

さらに面白い仕掛けもある。モンスーン期の雨水を濾過し、地下の巨大タンク(容量140万リットル)に集め、生活用水(主として植栽への水遣りなど)として使っているのだが、屋上から地下に続く雨水管がらせん階段に沿って配置されており、階段を登ると滝に逆らって上に行く感覚が味わえるらしい。

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都会生活の快適さを維持しながら、人間を自然に近づける構造の家という特徴は、同じアーメダバードにあるアショク・パテル邸にも共通する。大勢の親族が無理なく滞在できるようマタルーが設計したこの家は、ポルというグジャラート州に多い集合住宅———親族や宗教・カーストに基づくコミュニティがまとまって住む———の伝統を踏襲しつつ、外壁に大胆な開口部があり、開放的でありながらプライバシーが守られる構造になっている。

©Edmund Sumner

©Chandan Suravarapu

マタルー・アソシエイツの設計哲学は、機能性を追求し、自然要素を取り入れることだという。たとえば太陽———季節によって、また一日の間で表情を変える———の光も家を構成する重要な要素と考える。「人は家の中を歩くことで、その家と親しみ、家を理解していく」とマタルーは語る。自然につながるネットハウスはマタルーの哲学の基本を体現した家だと言えるだろう。

©Matharoo Associates

ところでネットハウスのネットと聞けば誰もが網(ネット)を連想するはずだ。実際、この家に相応しい名称なのだが、マタルーは形容詞の「net」にも言及する。すなわち「ネット」ハウスには、「非本質的なことをすべて排除した、究極的かつ基本的な」家という意味合いも込められているというのだ。なるほどマタルーの作り出したこの家は無駄な要素を極限まで取り除き、機能性を追求している。しかも、その結果が自然と融合するような開放的な構造になったということは感慨深く、そして面白い。

©Edmund Sumner

出典/sources:Matharoo Associates

        World Architectes. com

文責/text:林 はる芽/Harume Hayashi

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林 はる芽

フリーランスの翻訳家・エディター 日本語・フランス語・英語、時々スペイン語・ドイツ語を翻訳。 最近のおもな訳書にフレデリック・マルテルの3著『超大国アメリカの文化力』(共監訳)(岩波書店2009)『メインストリーム』(同2012)『現地レポート 世界LGBT事情』(同2016)、Kenjiro Tamogami, et.al. Fragments & Whol (Editions L’Improviste 2013) [田母神顯二郎他『記憶と実存』(明治大学 2009)]など。

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