南太平洋を見渡すメキシコの海岸。白浜のビーチに沿って6棟の不思議な形状のツリーハウスが点在する。大きな、平たい「V」の字のように左右対称に伸びる屋根は、悠然と海を泳ぐマンタの姿を模しているという。正式にはモブラと呼ばれるイトマキエイの一種であるが、マンタの小型版のような海の生き物である(本文では、簡易的にマンタと呼ばせていただく)。
これはメキシコのリゾート地・ジュルチュカビーチにある滞在施設、「プラヤ・ビバ」の一部。高床式のダイナミックなフォルムが特徴的なこのツリーハウス型のリゾート施設は、さまざまな才能が集結し、実現したものである。
さっそく詳しく見てみよう。
ある日、写真家のスティーヴ・シェイ氏がこのビーチの沖合でドローン撮影をしていたところ、洋上にたくさんの「ゴミらしきもの」が浮いているのを発見。菱形の折り紙のようなものが、ゆっくりと閉じたり開いたり。よく見ると、それはマンタの群れが回遊している様子だったそう。
撮影されたそのリズミカルな動きを見たプラヤ・ビバのオーナー、ディヴィッド・レヴェンタール氏は「目を奪われる光景でした。これをツリーハウスのインスピレーションとして採用できないかと考えたんです」と、2021年当時を振り返る。
その後、イラストレーターがさまざまなドローイングを起こし、そこから建築家がマンタ型の建物としての実現性を模索。人々と自然環境との共生を目指す建築を強みとするオランダ・ロッテルダムにあるデザインスタジオ、アトリエ・ノマディックが建築を請け負うことになった。
建築家のオラヴ・ブルイン氏はこう語る。 「双曲放物面の屋根とひさしが傘のように大きく広がる基本案が決まりました。自然な換気のため、そしてより美しいサンセットビューのために部屋を高床式にしました」
定められた場所に何本かの椰子の木が植えられ、吊り上げた屋根をその幹に固定してから、パネル式の壁面を組み込んでいくという手法が取られた。実際に椰子の木で支えられているため、確かにツリーハウスなのである。
流体力学に基づくしなやかな屋根の形状は、全面的に竹を用いることで可能となった。竹のスペシャリストであるヨルグ・スタン氏がチームに加わり、地域の職人と協働しながら地元の竹材を用いた建設が進められた。
昨今、観光業界で注目されている言葉に「リジェネラティヴ(再生型)・ツーリズム」というものがある。これは観光地の環境を守り、持続させるサステナブルな取り組みからさらに一歩踏み込み、「観光地の環境を、訪れた時よりもさらに豊かにして帰る」ことを目指す積極的なアプローチである。
プラヤ・ビバはこのリジェネラティヴなアプローチを用いたリゾート施設の先駆けとして知られる。具体的には、循環型の農業の推進や、プラヤ・ビバの土壌を豊かにする植林活動、電力の自給自足、敷地内で収穫された再生可能な建材の使用や建築作業における地域住民の採用、さらには旅行者の心身の健康を引き出す取り組みなど、地域全体を多角的に向上させる数々の手段が挙げられる。
このリジェネラティヴ・ツーリズムの観点からすれば、竹の採用は理にかなっていた。竹は植えてから数年で成木になり、土壌への負担が少ない植物。成長過程で二酸化炭素を吸収し、大気中の濃度を下げる効果もあるとされている。また、通常の木材よりも強度が高く弾力性があるため、組み立ても素早くでき、建築過程における地域への負担が少ない。
屋根を含む主な構造部分やファサードには、強度の高い南米のグアドゥア竹が使われ、中にモルタルを流し込むことでさらに強度を上げているとのこと。それ以外の部分にはフィロスタキス・アウレラという繁殖力が強い竹が使われている。
ツリーハウスの前面には、マンタのヒレのように大きく広がる見晴らしのいいデッキがある。デッキにはハンモック型のバルコニーが添えられ、そこから海岸を臨むパノラマビューが楽しめる。波の音や椰子の木のそよぎ、鳥のさえずりなど、五感がフルに刺激される滞在が約束されるだろう。
そして、後方にあるアネックス部分は、下の階がバスルーム、上の皆がベッドを2つ以上置けるロフトとなっている。
最終的には、林立する椰子の木を背景に、大小のツリーハウスが高低差のある形で配置され、ビーチの前に一つのビレッジが形成された。
ご覧の通り、上空から撮影されたツリーハウス群は、冒頭で紹介したマンタの回遊の様子を見事に再現していると言えないだろうか。
「このマンタを模したツリーハウスは、目の前の海で繰り広げられる光景そのものからインスパイアされたものです。これがジュルチュカです。これがメキシコなんです」と、レヴェンタール氏は締めくくる。
マンタ、竹、リジェネラティヴ観光。いくつかのキーワードを通してプラヤ・ビバを見てみると、そこからさまざまな可能性が見えてくる。このツリーハウスの構想はコロナ禍の最中にさまざまな技術を持った人々がアイディアを持ち寄り、練られたものだ。ポストコロナの観光市場は、単にラグジュアリーな滞在を目指すだけでは成り立たなくなってきた。人間が自然を搾取することなく、その美しさや実りといった恩恵をフルに享受し、より健全な共存を目指す。旅を通した本当の意味での休息と刺激は、プラヤ・ビバのような場所で得られるのかもしれない。
写真/All sources and images courtesy of Nomadic Resorts
取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno