《 世界のワクワク住宅 》Vol.026

あの干し草のベッドも再現! アルプスの山並みに抱かれた<ハイジの家と山小屋>〜マイエンフェルト(スイス)〜

投稿日:2020年1月23日 更新日:

スイスの雄大なアルプスを背景にアルプホルンとヨーデルの調べが響き渡ると、愛らしい少女が山羊とともに元気よく行進していく。裸足のままブランコを漕ぎ、雲に寝そべり、山羊飼いの少年と楽しげに踊る彼女の名は、ハイジ。大きなもみの木が立つ小丘に建てられた質素な山小屋で暮らしている。

若い方々のために説明すると、これは1970年代に放映されたテレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』の有名なオープニング場面である。最近では某家庭教師派遣会社のコマーシャルに登場する面々だが、『ハイジ』は宮崎駿や高畑勲といった日本のアニメ界のオールスターが手がけた昭和を代表する作品。その牧歌的な世界観は今なお多くの人々を魅了してやまない。

前置きが長くなったが、このハイジの世界を丸ごと体験できる小さな村がスイス北東部のマイエンフェルトにある。美しい山並みに囲まれたこのハイジ村に再現された<ハイジの家>と、アニメでお馴染みの<山小屋>(アルプヒュッテ)の二つを覗いてみよう。

『アルプスの少女ハイジ』の原作は、スイスの女流作家ヨハンナ・シュピリが書いた同名の児童文学小説。物語の舞台はここマイエンフェルトととされている。原作に忠実な作品を制作すべく、先に述べた日本のアニメ制作チームも放送開始一年前の1973年にマイエンフェルトを訪れ、何枚ものスケッチを描き作品づくりに生かしたとか。

先ほどのメルヘンなオープニングとは裏腹に、ハイジが生きた1880年代のスイスは大不況に見舞われ、当時多くの人々がドイツなど隣国に移住することを余儀なくされたそう。5歳のハイジもすでに両親を亡くし、代わりに育ててくれた叔母が出稼ぎに行くため祖父の「おんじ」に預けられるという設定で、かなり過酷な状況に置かれていたわけだ。

ではまず、ハイジ村の入り口にある<ハイジの家>から訪ねてみよう。 のどかな牧草地と葡萄畑の間をハイキングしたのちにたどり着くこの家は、地元観光局が古い石造りの農家を買い取り改装したもの。シュピリの作品世界の再現だけでなく、物語の時代背景も伝える博物館としての価値がある。

入り口には山を下る際に使うソリ、かんじき、木製のスキー板などが置かれている。当時の村人の暮らしは当然自給自足であり、厳しい冬の折、生活を維持するのは大変だったはず。家の裏側に積まれた薪、小さめに造られた窓や雪が落ちやすいように直線や直角を多用した家の造りから、冬を乗り越えるための生活の知恵が垣間見える。

地下貯蔵室から田舎風情の居間へ上がると、簡単なつくりの木製テーブルと椅子が置かれている。最低限の食器が並べられ、鉄鍋や調理器具が所狭しと吊るされている。調理ストーブや食卓を照らすオイルランプから当時の生活の明るさや温度を想像することができるだろう。

生活水は近くの泉から汲まれ、裏庭に置かれた木製の水桶で使われたそう。 1階から狭い階段を上がると、屋根裏のハイジの部屋に入ることができる。三角屋根の天井と明かりとりの窓などがハイジの世界を忠実に再現している。部屋の一角には質素なベッドが置かれ、その傍らには人形用の小さなベッドも並んでいて、独りで健気に遊ぶハイジの姿が目に浮かぶ(天真爛漫なハイジも本当は寂しかったんだよな・・・なんて思うのは、年月を重ねてこちらが大人目線になったせいか)。

木製の洋服棚にはハイジの赤いワンピースがかけられ、隣の部屋には親友クララの車椅子もあると言うから、原作やアニメに親しんでいる人にはワクワクするようなディテールが見つかるだろう。

この<ハイジの家>から山道をひたすら2時間歩いた先にあるのが、アニメでお馴染みの<山小屋>である。山の麓の家が冬の暮らしぶりを伝えるのに対し、こちらはハイジとおんじが夏の間を過ごした場所。

入り口のすぐ横には、ラーダーと呼ばれる根菜作物を貯蔵する部屋がある。広報のクラウディア・エイビさんに伺うと、こうした山小屋では食物を涼しく保つためにご覧のような石床が用いられたそう。一方でここは調理場も兼ねており、おんじがとろとろのチーズを作った大鍋とかまどが見所となっている。

そして、ハイジと言えば何よりも干し草のベッド。 「この干し草とってもいい匂いがするわ。あたしここに決めたわ・・・このふかふかした干し草の上に寝るわ! さ、寝床を作らなくちゃ」。 屋根裏部屋に積まれた干し草を整え、その上におんじとハイジがシーツをふわっとかぶせるシーンを覚えている方も多いはず。

実際の干し草のベッドを見ると、「ふかふか」というより「ちくちく」するのでは?と勘ぐってしまうが、こうした記憶の中のイメージと実空間のほんの少しの差異が、翻って子供の頃に親しんだ作品に対する自分の思い入れの強さや、原作のリアリティーを際立たせることもある。

雄大な自然の懐に抱かれた<ハイジの家>と<山小屋>。季節ごとに変化する素朴な山の暮らしを伝えるこの二つの家は、ハイジという大切な「記憶」を再訪する場でもあるのかもしれない。

写真/all sources and images courtesy of Heididorf The Original

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

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河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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