《 世界のワクワク住宅 》Vol.042

カラフルなドームが彩る海沿いのコミュニティ<プレゼンス・イン・ホルムズ>〜ホルムズ島(イラン)〜

投稿日:2021年6月8日 更新日:

今月の「世界のワクワク住宅」の舞台は、ペルシャ湾とオマーン湾の間にあるホルムズ海峡。北はイラン、南はオマーンの飛び地に挟まれたこの小さな弓形の海峡は、中世の時代には海上貿易の要地であった。

現在は、世界に輸送される原油の4割近くがここを通っていく。石油タンカーに対する攻撃や拿捕など、ひとたびこの海峡で事件や事故が起きると、世界に緊張が走る。各国の利権や思惑が絡む複雑な地域だが、実は美しい景観と豊富な観光資源に恵まれた場所でもある。

Photo by Tahmineh Monzavi

中でも海峡に浮かぶ小さな島、イラン領のホルムズ島は酸化鉄に由来する赤土、黄土色の岩壁、白くゴツゴツした地肌の山丘など、鮮彩でドラマティックな景観が特徴的だ。
面積は約42平方キロメートルで、住民は3,000人ほど。俯瞰で見ると、貝殻が一つ海上に浮かんでいるように見える。この異世界のような島を惑星になぞらえて語る人もいるくらいだ。

観光客の宿泊エリア  Photo by Tahmineh Monzavi

この島の海沿いに、たくさんの不思議な低層ドームが立ち並ぶ。その数、およそ200個。ホルムズ島の自然と呼応するような、力強くも落ち着きのある赤、緑、黄色、青の構造物が一帯にリズミカルに配置されている。

Photo by Payman Barkhordari

「プレゼンス・イン・ホルムズ」(以下、プレゼンス)と名付けられたこのコミュニティ。経済的に苦しむ地元住民がボートに乗り、海峡で違法貿易に関わることも珍しくないこの島で、地域社会の活性化を図ることを目的に建てられた多目的住居群である。

Photo by Payman Barkhordari

島の都市開発事業の一環として、テヘランを拠点とする建築事務所のZAVア―キテクツが委託を受け、手がけたものだ。地元住民の生活を経済的にも文化的にも豊かにするというミッションを掲げている。

さまざまな階級の来訪者がともにレストランで食事をする  Photo by Tahmineh Monzavi

ドームの用途と配置図

プレゼンスは島の中心街から数キロ離れた場所にあり、複数のドームがひとまとまりになった15棟のヴィラからなる。ドームの大半は住居であり、そのほかに住民が集う共同スペースや、ランドリー場、レストランなどがある。さらには祈りの場、観光客向けの宿泊エリアやインフォメーション・センター、手工芸に取り組む場所など、さまざまな用途の建物が連なることで一つの村を形成しているのだ。

Photo by DJI

「国境ぎわで展開される政治的紛争に苦しめられる国では、一つ一つの建築プロジェクトが新しい内政の形の提案となり得るのです。社会生活に対する政治的オルタナティヴ(代替案)を提示することはできないか、という基本的な問いがそこにはあります」と、ZAVアーキテクツは語る。

プレゼンス・イン・ホルムズへの出資者や参加者の集合写真  Photo by Tahmineh Monzavi

これはつまり、より活力のあるコミュニティをつくることで、政治に翻弄される人々が新しい社会生活に向かうことができないか、という実験的な試みなのだろう。
具体的には、土地の所有者、首都テヘランからの投資家たち、そして地元住民を繋ぐことで健全な資金の循環を目指すことや、輸入に頼らない建築資材の調達、さらにはイランの人材とマンパワーでドームを建築することで結果的にGDPを上げていくといったことである。

住居ドーム  Photo by Tahmineh Monzavi

俯瞰で見るとドームが繋がっている様子と、外壁の色合いがわかる  Photo by DJI

では、ドームを見てみよう。
プレゼンスのドームは、イラン出身の建築家、ネーダー・ハリーリが考案した「スーパーアドビ」という建築技術を用いている。湿った土を詰めた土嚢を積み上げ、圧迫しながらドームを成形していくという極めてシンプルなものだ。外壁はセメントで覆われ、色彩が施される。

「チャルタ」は、外側から内側への段階的な移行を体感させる中間的な半開放スペース  Photo by Tahmineh Monzavi

実はこれ、NASAが月や火星における人間の居住空間を検討する際にハリーリが考案したものなのだ。過酷な環境や限られた資源でも建設可能な建物とあって、もちろん地球上でもすでに多方面で展開されている。

ホルムズ島の地元の少女とドーム。色合いが見事に調和してい Photo by Soroush Majidi

特別な技術がない地元の人々であっても、一度覚えてしまえば自分たちでドームを作ることができるのが大きな利点だと、ZAVアーキテクツのデザインチームは言う。

ドームの建築に携わった人たち。図は「無限のネーダー・ハリーリ」と題されている

実際、プレゼンスでは「建物ではなく、信頼を築いていくこと」を目指し、地元の人々に作業を請け負ってもらい、コミュニティに対して関心を持ち続けるよう働きかけている。「現在では皆、スーパーアドビの技術を会得しています。まるでハリーリ自身が何倍にも増えたかのようです」と、ZAVアーキテクツは語る。

Photo by Payman Barkhordari

ドームにはいくつかの種類がある。背の高いもの、低層で大きなもの、そしてこぶのような小ぶりなものなど。これらがランダムに組み合わさることで、空を背景とした輪郭線が島の景観の続きのように浮かび上がる。

家具類はすべて地元で制作されたもの。ドームと同様に、家具制作を通して雇用も増やしている  Photo by Tahmineh Monzavi

Photo by Tahmineh Monzavi

ご覧のように、内装も非常にカラフル。家具類も同様の色調で、モダンなあつらえとなっている。

小さなタニヤちゃんは、ドームのことをこう表現する——「小さな色のおうちたち」   Photo by Payman Barkhordari

冒頭で述べた通り、ホルムズ島を語る上で色は欠かせない要素であり、色自体がこの地の観光資源の一つだと言ってもいい。海岸の赤土が海を真紅に染めることもあり、人々は服装や住宅、食事に至るまで色を通して自己表現をすると言う。

4名まで宿泊できるドーム  Photo by Tahmineh Monzavi

地球そのものから抽出したかのような色彩をまとった有機的なフォルムは、一度目にしたら忘れがたい。島には人々の暮らしがあり、ホルムズ海峡の画一的なイメージを払拭しつつ、それをいかに豊かにしていくかはこれからも大きな課題であり続けるだろう。プレゼンス・イン・ホルムズの大胆で美しい姿は、そのことを私たちの心に確かに刻むのである。

Photo by Tahmineh Monzavi

写真/All sources and images:courtesy of ZAV Architects

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

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河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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