《 世界のワクワク住宅 》Vol.010

土の中のホビットハウスPartⅢ DIYでホビットハウスをつくった人 〜ベッドフォード(イングランド)〜

投稿日:2018年9月20日 更新日:

映画『ロード・オブ・ザ・リング』のフロド・バギンズが今にも出てきそうな、この愛らしいホビットハウスを自力で、つまりDIYでつくったのはアシュリー・イェイツ(通称アッシュ)。場所はロンドン中心部から西に約30キロの街ベッドフォードにあるアッシュの家の裏庭だ。幼い頃からアッシュの落書きはいつも空想と現実の入り混じった建物の絵だったとか。トールキン原作のファンタジー(『指輪物語』)に魅せられ、映画に感動し、いつの日かホビットの家をつくりたいと願っていたそうだ。

その後、設計デザインを本格的に学んだ彼は、落書きではなく、CADで家の図面を描くようになる。ホビットハウスの計画も諦めることはなかった。そしてある日、裏庭の朽ちたりんごの木を切り倒してできた空き地にホビットハウスをつくり始める。2013年のことだ。

まずは深い穴を掘ることから。重労働だが、友人のアレックと二人でどんどん掘る。穴に合わせて木材の枠組みを埋め、その周囲を波形の鉄板と防水材でしっかりシーリングする。

屋根の部分にも防水材を重ね、強度も確保する。入口はホビットの家らしくまるい緑色の扉。白壁によく映える。

室内も丁寧に手づくりする。赤いコーデュロイを張り、座部の下を収納スペースにした木製ベンチがアッシュの自慢だ。

ミニキッチン、書棚、作業台、調光可能な照明やエアコンも取り付ける。天井部には最新型の映写機を設置して映画鑑賞も可能にした。映画が終われば映写機はスクリーンとともに天井に収納される仕掛けだ。こうしてクールなくつろぎ空間が完成する。

庭造りのプロでもあるアッシュは植栽や花壇にもこだわりを見せる。緑の芝と美しい花々に囲まれホビットハウスは風景と調和し、裏庭にファンタジーの世界ができあがる。アッシュがホビットハウスをDIYでつくる様子は彼のブログで写真とともに報告され、世界中から多くの関心を集めた。

今回、「ホビットハウス」シリーズ第3弾を書くにあたり、アッシュに裏庭のホビットハウスの現状を問い合わせると、「ああ、あれは壊して、その上にキャビンを建てちゃった。今はミニ・シネマなんだよ」との答え。ええっ?! DIYのホビットハウスはもう存在しないの? キャビン? シネマ? 一体どういうこと? ホビットハウスをつくる体験は素晴らしかったが、満足できる空間にはならなかったようだ。「もっと快適でくつろげる空間をつくりたくなってね。その答えの一つとして家族や友人と映画を楽しめるミニ・シネマをつくったわけ。もちろん一人でリラックスするのもOKなんだよ」。

これが数年前、完成した当時のキャビン・シネマ。この下にあのホビットハウスが眠っている…。小さな「小屋」に見えるが、映画館にあるべきものはほぼすべて揃っている。

豪華な肘掛け椅子が7席。94インチのスクリーン、3Dプロジェクターにサラウンドサウンドシステム。床下にもスピーカがあり、臨場感あふれる映画体験が可能だ。キャンディ取り放題のコーナーがアッシュらしい。大画面では、映画だけでなくゲームも楽しめる。

このキャビン・シネマはホビットハウス以上にメディアの注目を集めた。その結果、建築の依頼が増え、アッシュは会社を設立する(ただし社員は彼一人)。社名はトリイ・シネマといい、会社のロゴは鳥居そのものだ。しかし、なぜに「Torii〔鳥居〕」? 

「鳥居って、カミの宿る神聖な場所への入口を示すと聞いてね。僕は心身ともにリラックスできる、自分自身にとっての聖域みたいな場所をつくろうといつも努力している。だから、僕の理想を表すロゴにふさわしいと思ったんだ」。

話を聞くうちに、アッシュが何度か来日して、日本好きであることも判明。将来、庭園に茶室を建てたい、かやぶき屋根を扱う修業を積みたいとも。ホビットハウスの上につくったキャビン・シネマの現在の写真を示してアッシュは言う。「ほらね、数年で庭はこれだけ成長するし、家の表情も変わってくる。中のシネマはそのままなんだけど」。彼にとって自然に溶け込む庵のような家が理想だと語る。 

キャビン・シネマの建築依頼が増えたらしいが、アッシュがどう対応しているか尋ねてみた。 会社の業務はコンサルティングと設計デザインだけなのだろうか? 
「いやいや、基本的に僕一人で全部やります。設計・デザイン、建築の認可申請、基礎工事、内装、造園も。空調とガスは専門の業者に頼むけれど」。

某クライアントのためにカラオケ・シネマをつくった過程をご覧いただきたい。放置され、荒れていたガレージがクールなシネマに改造されている。これを一人でやるとは!
「作業が佳境に入ると1日に14〜18時間働く」というアッシュの言葉に納得するとともに、完成したシネマに座る彼の満足げな笑顔にも納得がいく(記事最後の写真をご覧あれ)。

「僕はまずクライアントの人となりを理解しようと努力することから始めます。建物が完成してもクライアントとは連絡を絶やさないし、その後親しい友人になることも多い。信頼できる人間関係は僕にとって本当に貴重で重要なこと。この業界ではデータ偽装、手抜き工事、代金の踏み倒しとか、人間不信になるひどい話が珍しくないから…」。

茶室以外に今後の計画は?

「こんな茶室をつくりたいんだ。屋根は違うけど、(と言って、ドールハウスの画像を示す)。本格的なものにするには、まだまだ勉強しなくちゃならないことが多いから、これは長期的な計画だね。キャビン・シネマはツリーハウス・バージョンをつくる予定がある。あと、裏庭にキャットランやキャッタリー(動物愛護団体から認可された猫の飼育所)をつくろうと考えているんだ」。

ホビットハウスの新たな計画は?

「実は、部屋が2つ以上ある大きなホビットハウスをつくりたいと思っているんだよ。図面もできているから、後は適当な場所とクライアントが見つかれば…。つくる時には必ず連絡するよ。茶室をつくる時も」。

アッシュはあるクライアントにこう言われたそうだ。「私の夢を現実にしてくれてありがとう。だけど、そんな夢が自分にあるなんて、キャビンを見るまで自分でも気づいていなかったんですよ…」。DIYのプロを自認するアッシュはこういう感謝の言葉を励みに、人々の忘れかけた夢を発掘し、人それぞれの聖域をつくり続けるのだろう。 

「鳥居」に象徴される彼の仕事ぶりに注目しつつ、新たなホビットハウス着工の報せを待つことにしたい。

 

出典/sources The Torii Cinema Company

         The Homemade Hobbit Hole

写真/images Ashley Yeates, The Torii Cinema Company

文責/text   林 はる芽/ Harume Hayashi

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林 はる芽

フリーランスの翻訳家・エディター 日本語・フランス語・英語、時々スペイン語・ドイツ語を翻訳。 最近のおもな訳書にフレデリック・マルテルの3著『超大国アメリカの文化力』(共監訳)(岩波書店2009)『メインストリーム』(同2012)『現地レポート 世界LGBT事情』(同2016)、Kenjiro Tamogami, et.al. Fragments & Whol (Editions L’Improviste 2013) [田母神顯二郎他『記憶と実存』(明治大学 2009)]など。

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