《 小商い賃貸推進プロジェクト 》Vol.016

メゾネットの店舗兼用住宅に広場、路地のある空間。新横浜駅徒歩7分。屋根のある屋台村、地域のダイニングキッチン「新横浜食料品センター」

投稿日:2025年7月28日 更新日:

[東京情報堂・中川セレクト#002]

1967年、「新横浜食料品センター」は日本初の新幹線が東京と新大阪を結んだ3年後に誕生しました。築58年。歴史を感じる建築ですが、その建物を半分壊し、隣に新しい3階建てが生まれました。カラフルで既存の建物とはだいぶ雰囲気は違いますが、いずれは繋げて一体として使うようになる予定。全体で元通りの「新横浜食料品センター」という名前になる予定です。

1階の3戸。それぞれに外観の色が異なっている ©Eichi Tano

新旧の建物を一体として使うという時点で不思議な計画ですが、もっと不思議なのは新しくできた建物。普通、ワンフロアに3戸あったら、壁を接して3戸が並んでいるのが一般的。ところが「新横浜食料品センター」は1戸ずつが廊下を挟んで点在しています。路地に小さな戸建てが並んでいるようでもあり、そのうちにはメゾネットになっている部屋も。

敷地の一番奥側にある2-6。入ったところが土間になっており、そこにキッチン。背後に3階への螺旋階段がある ©Eichi Tano

全体が食料品センターという名称通り、食を中心にした店が入ることを想定しており、メゾネットには店舗兼用住宅になっている住戸もあります。いろいろ不思議の多い「横浜食料品センター」を設計した株式会社ウミネコアーキの若林拓哉さんに案内していただきました。

新旧を一体として使うという不思議な造りが誕生した理由

筆者を案内してくれている若林拓哉さん 撮影:「ワクワク賃貸」編集部

新横浜食料品センターは1964年に農村地帯を切り開いて「新横浜」駅が開業、居住する人が増えてきたことから生まれました。以前から住んでいた農家の人たちは野菜やコメはもちろん、家畜なども飼育していたため、ほぼ自給自足が可能。ところが新たに移り住んできた人たちは買い物をする場が必要でした。そこで新横浜駅の篠原口、古くから住んでいる人が集まったエリアに新横浜食料品センターが建設されました。

「建てたのは私の祖父。新幹線開業で都市化が進み、今後は農業だけでは難しいと最初はアパートを建設、ついで1階が店舗、2階に住戸の入った『新横浜食料品センター』を建設しました。最初は精肉店、寿司屋、八百屋、牛乳店、薬局、お菓子屋、途中で鰻屋が入り、焼き鳥屋が入りと変遷はありましたが、ずっと変わらない形で続いていました」

隣が既存建物。これからの改修が楽しみ ©Eichi Tano

ところが2011年の東日本大震災時に瓦屋根が外れ、その時以降、建物の老朽化が気になり始めました。そろそろ建替えたほうが良いのではないかと思っていたところにハウスメーカーからの提案などもあったそうです。

その当時、若林さんは建築を学ぶ学生。まだ、自分でやりますという状況ではなく、といってもハウスメーカーからの提案は面白くないと事態はそのまましばらく膠着。それが動き始めたのは2018年末のことでした。

若林さんもプロジェクトに関わった「欅の音terrace」 © Kanae-Syouji

その年、若林さんは小商い住宅の先駆とも言われる「欅の音terrace」に関わっていました。このプロジェクトは古い鉄骨造2階建てのアパートを改装、玄関側に小商いができるスペースをつくったもので、今も人気の高い物件。新しい暮らし方を求めている人がいることが広く知られるようになった物件と言っても良いでしょう。

「新横浜食料センター」のイメージイラスト ©イスナデザイン

若林さんは営業を続けていた鰻屋、八百屋を継続してもらいながら、建物を新しくする計画をスタートさせます。

「長年同じ土地でやってきた店はその場所にお客さんが付いています。それを大事にしたいと考え、隣同士で営業していた2店はそのままに、空いている部分を取り壊して土地を分筆、そこに新しい建物を建てることにしました。その後、既存店舗を新築建物に移動、空いたところで既存建物をリノベーションしようという計画です」

なんとも複雑な段取りですが、その結果、まず生まれたのが3階建ての新築部分です。

ばらばらに個人の店が点在、屋根のある屋台村的な空間

1階平面図 左側はこれから改修する既存棟

「新横浜食料品センター」は建った時からずっとこのネーミングですが、建物にはどこにもその名称は掲げられていませんでした。

廊下部分はどこも広い ©Eichi Tano

「個人の店が並んでいるのが特徴の場でしたから、新しい建物もテナントビルとしてではなく、ばらばらの個人店が並んでいるように作りました。そのため、各区画の間にはできるだけ通路を作り、中には広場のように使える大きなものもあります」

1-1の部屋の奥側から公道側を見たところ。左側の扉がトイレ。左の一段下がっているところにキッチンが来る想定 ©Eichi Tano

たとえば1階には飲食店、店舗を想定した3区画があるのですが、そのうち2区画は壁一面を接しているものの、もう1区画は全く独立しています。しかも、3方向から入れるという自由な空間で、戸を開けると風が抜ける快適さ。飲食店を想定しているそうですが、どこからでも人が入ってくる、外からよく見える開放的な場所になることでしょう。

1-1の外観。専有面積は34.80㎡(専用トイレ面積含む)。賃料は15万9500円(税込)お隣の1-2とは壁を接している ©Eichi Tano

この区画の前にはちょっとした広場のような空間があり、そこはこれから改装される予定の既存建物の入り口に当たっています。建物の中をうろうろ、あの店、この店を回遊できるような作りになっているわけです。

右側にある、建物裏手の階段を上ってきたところ。柵にベンチが設置してある ©Eichi Tano

2階はもっと徹底しています。飲食店2区画、店舗兼用住宅3区画の計5区画あるのですが、壁を接している区画はひとつもありません。中央の階段を上がってきたところには廊下というには広い空間があり、そこを囲んで5区画が配置されており、廊下の手すりにはベンチ。区画の間には細い路地的な通路があります。

「廊下として必要と定められた幅以上に広く取ってあるので、各区画の前はその区画の人が使っても良い空間にしようと考えています。通路にテーブルを置いてモノを売る、作品・商品を展示する、座って食べたり、飲んだりする、使い方はどんな業種が入るかで変わってくることになるでしょう」

裏手の階段方面を見たところ。工事現場で使われているような素材で作られている ©Eichi Tano

それぞれの区画から店がはみ出してくる状況を想像すると浮かんでくるのは屋根のある屋台村。各区画自体はそれほど広くはありませんが、実際に使える空間は意外に広く、しかも、そこで交流が生まれそう。人は人が集まる場所に集まると考えると、面白いスポットになりそうです。

2~3階にはメゾネットの店舗兼用住宅が3戸

2階平面図 2階には飲食・店舗が2戸(2-1、2-2)店舗兼用住宅が3戸(2-3,2-5,2-6)ある

3階は住居スペース。2階、3階でメゾネットになっている住戸が3戸と住宅1戸配されているのですが、ここもすべての区画が路地を挟んで建っている状態。集合住宅なのに、どこも隣戸に面していない住戸というわけです。

2-6の室内。3階の居住空間から洗面、キッチンなど水回りを見たところ。左手が浴室の入口。上部にはロフトがある ©Eichi Tano

しかも、住戸内には段差があったり、ロフト部分があったりと実に複雑な造りで間取り図だけを見てもどこがどうなっているのかわからないほど。パズルみたいで、内覧会では「迷子になった」という声もありました。でも、室内には仕切りたいところにちゃんとレールが付いているなど住みやすさは配慮されています。

2階と3階の中間階の平面図

3階には一戸だけ住宅がある。専有面積は24.91㎡にロフト4.65㎡、床下物置6.34㎡、バルコニーが2.48㎡あり、賃料は9万5000円

3戸ある店舗兼用住宅のうちの1戸の店舗部分は若林さんがオフィスとして使う予定で、残りは2戸。物販系、SOHO、教室など許認可が不要な業種が想定されています。どの住戸も2階部分はキッチンプラスアルファ、3階は居住空間として想定されています。

屋上。各戸の屋根を繋いで作られているので不思議な回廊のようになっている ©Eichi Tano

屋上の平面図。謎な形に凸凹していることがよくわかる

建物にはもうひとつ、屋上もあります。入居者だけでなく、訪れる人にも開かれている空間で、普通の四角い屋上とは異なり、ここは非常に謎な形に凸凹しています。3階の区画の屋根にあたる部分だから当然ですが、その分、歩くと見えるものが変わる楽しい空間になっています。いずれはプランターを利用したシェア農園を設ける予定もあるそうです。

1階は平屋、2階は3階から吊られている

1階と2階とは絶縁されている 撮影:「ワクワク賃貸」編集部

内部が変なだけでなく、建物自体も変った作り方になっています。見出しに書いた通り、1階は平屋になっており、2階以上とは絶縁されています。1階と2階との間には見ると隙間があるのです。

3階には人工地盤がつくられている 撮影:「ワクワク賃貸」編集部

そして3階に人工地盤が作られており、3階はその上に載っており、2階はそこから吊るされています。全体は鉄骨造で、建物全体としては大きなものですが、壁がべったりと続いているわけではないためか、それほど大きなモノには見えず、周囲に圧迫感を与えることもありません。

建物内で目立つ木のようにも見える柱。建物を支えている ©Eichi Tano

「建物は8本の柱で支えられるツリーハウスのようなもの。黄色く塗られ、木のようにも見える柱は区画内のあちこちにも配されています。3階の人工地盤部分は既存建物の瓦屋根と同じく青。次に隣の既存建物を改修、新しい建物を接続しても違和感がないよう、住宅街に馴染むようにつくりました」

既存建物に使われていた瓦を砕いて敷石にしている 撮影:「ワクワク賃貸」編集部

敷地内のあちこちには既存建物に使われた瓦を砕いたものが敷かれており、この土地の歴史を大事にしたプロジェクトであることがわかります。

既存建物にはコモンキッチン、コモンダイニングの予定も

既存建物内部。骨組だけにして内側から耐震改修をする予定 ©Eichi Tano

既存建物に手が入るのはこれからですが、ここも食関係の店舗などを中心にちょっとほかにはない造りになりそうです。2024年のプレスリリースによると1階にはコモンダイニングを中心に5区画が予定されており、飲食店、食品を扱う店舗、菓子工房などを想定。2階には誰もが使えるコモンキッチンを中央に食にまつわる店舗2店が計画されています。

また、つくり方については既存の建物の外側だけを残して内側に新築の鉄の箱を入れ込むという斬新なものを計画しているそう。内側から耐震補強をして、外側の雰囲気は変えないようにするという計画です。

空白地帯だっただけに地元からの期待大

内覧会の様子 ©ウミネコアーキ

建物の完成後、2025年6月末に内覧会が行われており、地元の人だけでも100人以上が集まったとか。また、「何ができるんですか」との声も多く寄せられていると若林さん。

「立地する篠原口側には隣接して、まいばすけっと、ローソンはあるものの、それ以外に店舗はありません。これまで買い物となると『菊名』駅あるいは『新横浜』駅周辺まで出かけていた人が多く、ここに何ができるかは皆さん、気になるところ」

一番小さな2-1は専有面積9.78㎡で店先が2.79㎡使える。賃料は5万5000円とお手頃 ©Eichi Tano

「地元からは店舗の数以上に入居希望の声も上がっていますが、飲食以外でここに入りたいという声も多く、現在はどうした店に入っていただくかを面談などを行って検討中。『新横浜食料品センター』という名称ですから、それにふさわしい飲食店、店舗などに入っていただきたいと考えています。周囲にないという意味ではパン屋さん、カフェ、惣菜店などが入ってくれると嬉しい。食にまつわる雑貨店なども良いですね」

2~3階のメゾネットになっている店舗兼用住宅2-3。キッチンから廊下がよく見える ©Eichi Tano

現時点でも不思議で楽しい空間ですが、今後、隣接する空間が再生されたらさらに面白くなりそう。「新横浜」駅構内、周辺には飲食店その他はたくさんありますが、大きな空間を使ったみんなが知っている店が中心。それとは異なる隠れ家的な空間が生まれれば広く興味を惹くはず。これまで店舗の少なかった地元の人たちの期待はもちろん、新幹線利用者が足を伸ばして楽しむ場にもなりそうです。

2-3のバスルームにも窓がある。各戸が独立していると窓が多くとれる ©Eichi Tano

各戸の専有面積は30㎡~、賃料は13万7500円から。共益費は5000円です。5年間の定期建物賃貸借契約となっており、再契約は可。詳しいことは『新横浜食料品センター』ホームページをご覧ください。

文:中川寛子

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中川 寛子

中川 寛子

住まいと街の解説者。不動産、街、空き家や商店街その他暮らしにまつわる原稿を書き続けてきた。極度の怖がりで、不動産を選ぶ時には地震、津波その他自然災害に強い立地、建物であることを最優先する。東京生まれの東京育ちで、郊外でも利便性は気にするタイプ。特に美味しいものが食べられるかどうかは大きな関心事。何の役にも立っていないが宅地建物取引士、行政書士有資格者。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。

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