[東京情報堂・中川セレクト#001]
皆様、はじめまして。
「小商い賃貸推進プロジェクト」でこれからたまに(たぶん)物件を紹介する記事を書かせていだくことになった株式会社東京情報堂の中川寛子です。
原稿を書く、人前で喋る、まちを歩くことを生業としており、書くという分野では不動産、まち、空き家、地形などが中心です。ここ40年以上に渡って不動産を見てきており、今もあちこちの物件を見に行っています。そのうちから面白そうな物件をご紹介できればと思っています。

目黒方面から見た建物全景。バス停は本当に真ん前にある(筆者撮影)
さて、今回ご紹介するのは東京都目黒区中目黒5丁目にある「ハイツ自然園」。築50年ほどのRC造のマンションをリノベーションしたもので、目黒と三軒茶屋を結ぶバス路線「黒06」のバス停「自然園下」の真ん前にあります。建物が面する通り沿いは第一種低層住居専用地域という住むための地域なのですが、バスが通っているからでしょう、昔から併用住宅が多かった地域です。

改修前の「ハイツ自然園」(写真/インクアーキテクツ提供)
相続を睨んで当初は建替えを検討していたものの、土地の形状による制約などもあり、先代の思いのこもった建物を改修して使うことになったのだとか。塀を壊し、外構を変えるなどといった工事のほか、大きく変わったのが1階住戸。バルコニー側にサブエントランスを設け、働く場として使えるようにしたのです。

カフェ店内。右の入口部分とカウンターのある部分を分けて使うことができるように設計されている(写真/インクアーキテクツ提供)
また、1階には2住戸を利用してカフェも作られました。撮影やイベントその他に使えるレンタルスペースでもあり、住む人にも、地域の人にもうれしいスペースです。
では、ここでどんな生活が可能なのか。設計を担当した合同会社インクアーキテクツの金谷聡史さんに話を伺いました。
1階7戸がサブエントランスのある「住む+働く」の場
「ハイツ自然園」の全体図。通りから奥へ広がる敷地に合わせて建物も翼を広げたような形状になっており、中央に中庭が作られているという凝った造り
ハイツ自然園で“住むと働く”の両立を想定した部屋は1階の7室。サブエントランスタイプと名づけられており、共用廊下に面した元々の玄関に加え、バルコニー側からも住戸に入れるようになっています。2種類の入口があるのです。

一番手前はレンタルスペースの入口。それ以遠がサブエントランスタイプの住戸。植栽や建物そのもので上手に目隠しされており、独立感も(筆者撮影)

107号室を内部から見たところ。サブエントランスがあるのは手すり壁の突き当り部分。左手の窓のあるコーナーに入ってくることになる。ちょっとしたお出迎えスペースになりそう(写真/インクアーキテクツ提供)
新たに設けられたバルコニー側の入口はリビングに面したバルコニーの手すり壁の短手方向が除去したもの。長手方向の手すり壁は残されているので、屋根のある屋外の小さな隠し部屋のようにも見えます。

サブエントランス。単なる通路、玄関にしておくにはちょっともったいない(写真/インクアーキテクツ提供)
単身者の場合、バルコニーは意外に使わないものですが、これなら入口、通路としてだけでなく、ちょっとした憩いの場や植物を育てる場などとしても使えそうです。

奥が居住空間。きれいに分けられているので、自宅で仕事をしていてもオンとオフは切り替え可能なはず(写真/インクアーキテクツ提供)
そのバルコニー側の入口から入ったリビング部分は土間になっています。寝室やバスルームなどはその奥、元々の玄関側にあり、そこには段差が。床もフローリングになっており、高低差と素材の違いが住むと働くの意識を切り替えてくれます。リビング部分をオフィス、サロンなどとして使うのであれば、そこだけは土足で使うということもありえるかもしれません。

キッチン側を見たところ。右の一段高くなっているところが居住スペースへの廊下。素材も変っているのが分かる。キッチンは3口でグリル付(写真/インクアーキテクツ提供)
キッチンはリビングスペースにありますが、来客のある仕事以外はそれほど気にならないだろうシンプルなデザイン。気になるのであれば棚などでさりげなく目隠しをするとよいかもしれません。

107号室の間取図。LDKとそれ以外がきれいに切り離されているのが分かる。来客も想定したトイレの位置に注目。106号室も同じ間取り。103号室はこの反転タイプ。建物内の場所によって部屋から見えるもの、雰囲気が異なるので気になる人は現地で確認してみて欲しい
7戸のサブエントランスタイプのうち、6室は50㎡の1LDKでベッドルーム(約4.8~5.6畳)にリビングが約16.6~16.8畳。ベッドルーム、バスルームなどが奥まったところに配されているので、このタイプなら来客があっても気になりません。トイレはリビングの脇。来客にも使ってもらいやすい場所です。

102号室の間取図。ロフトのあるタイプで、寝室が個室として作られていない代わりにシングルベットサイズ以上の広さがあるロフトが作られている。個室がない分、リビングが広いので家具などを使って空間を仕切りながら使ったり、広さで遊ぶような使い方が面白そう。202、302も間取りとしては同じ。ただし、仕事可ではない
1部屋だけワンルームタイプがあります。こちらはリビングが約19畳以上と広いのですが、改修でエレベーターを新設したため、この部屋が少し狭くなっており、47㎡。そのため、リビングに階段付きのロフトが設置されています。

こちらはサブエントランスタイプでかつロフトのある102号室。階段部分が収納になっていて、上部はベッドとして使える(写真/インクアーキテクツ提供)
これは下部が衣類収納などに使え、上部はベッドとしても使えるという優れもの。階段部分も収納として使えるので無駄がありません。外から見てベッドと分かるような作りにはなっていないので、オフィスとして使う時にも生活感はそれほど出ず、存在が気にはなることはないでしょう。

正面から見たロフト。シングルベッド以上の広さがあり、下部の収納もたっぷり。使い方を考えるのが楽しい空間(写真/インクアーキテクツ提供)
登記可能、店舗以外なら多くの業種が可能

1階、建物の東側。手前にカフェがあり、その奥に3戸のサブエントランスタイプが並ぶ。奥まっているので人は入って来ず、隠れ家的(筆者撮影)
では、どんな業種に向いているのでしょう。ひとつ、できないのが店舗です。
「1階の、バス停に面した2住戸を1住戸として改装、半分をカフェに、半分をレンタルスペースに改修しました。カフェの店舗面積は49㎡。第一種低層住居専用地域であるこの場所で店舗として使える50㎡以下という要件をほぼ使ってしまっているため、店舗だけはできません。
ただ、それ以外ならオフィスとして、サロン、教室などとして使うなどという使い方が可能。
特にポイントになるのは登記が可能という点。一般的な賃貸住宅では登記不可という物件が大半ですが、ハイツ自然園では登記ができます。起業したてでオフィスと自宅で2部屋借りるのは負担ですが、ここなら1部屋でふたつのニーズを満たせます」と設計を担当したインターアーキテクツの金谷聡史さん。

外から見たカフェ内部。ごくシンプルなインテリア(撮影/矢野航)
また、こちらのカフェHALOは1年のうち、年末年始などの数日を除き、ほぼ毎日空いているので応接スペースとして使えます。カフェの隣にあるレンタルスペースでは撮影やイベント開催、各種展示なども可能なので、事業内容によっては自室以外の建物内空間も使ってビジネスを展開できそうです。

カウンター側から店内。撮影はもちろん、イベント、教室、展示販売その他使い方はいろいろ考えられる(写真/インクアーキテクツ提供)
ハイツ自然園周辺は住宅エリアでこれまでこうしたカフェが少なかったため、カフェHALOは開業して半年で1800人を超えるインスタフォロワーのいる店になっています。ここを目指してわざわざ来る人も多数おり、それを考えるとこだわりのサロン、教室などを開くにも良い場所かもしれません。
働く環境としての緑、静けさも魅力

2025年4月に開催された入居者のお花見会の様子。管理人さんが居住しており、こうしたイベントをアレンジしてくれるそうだ(写真/インクアーキテクツ提供)
働く場としての使い勝手に加え、この物件の魅力は建物中央にある中庭、大きな桜の木のある建物裏手の植栽です。住戸の元々の玄関は中庭に面しており、我が家を出るとそこには緑が広がります。

3階から中庭。緑もりもり。春にはここに花が咲く(筆者撮影)
裏手には桜の巨木を中心にかつて一戸建てが建っていた時からの植栽が時間を経て成長。静かな空間を作っています。以前、貯水槽があった場所には水槽の置かれていた基礎の上にウッドデッキが作られており、春の花見の際にはちょうど舞台のようになります。自宅での仕事の合間に一息つくにもちょうどいい場所でしょう。一息つくなら建物内2階の共同テラスもお勧め。森閑とした雰囲気が気持ちを静めてくれます。

かつて一戸建てだった時からある灯篭の下には新設されたウッドテラス。気候の良い時期ならここで仕事したい(写真/インクアーキテクツ提供)
これを書いている私自身も自宅で仕事をしているのですが、コロナ時には祐天寺の駅近く、住宅が建て込んでいる場所に住んでいました。外に出られず、窓を開けても隣家が見えるだけの場所で働き続けていた時期は強い閉塞感がありました。閉じ込められているような気分でした。それをなんとかしようと外に出ても近くには公園のひとつもなく、郊外の緑の多い場所に住んでいる友人たちを羨ましく思ったもの。

西側に出る通路。ここを歩くだけでもリフレッシュできそう(筆者撮影)
その後、引っ越したのは窓から住宅街の緑が見える、近くに大きな公園がある場所です。利便性を考えると都市からは離れられないものの、気持ちを落ち着けたり、リフレッシュできる環境があることは自宅で仕事をする上では大事です。オフィスとしての空間だけでなく、周囲も含めて働く環境と考えて選ぶのが賢明だろうと思います。

2階には小さいながらも落ち着いた雰囲気の共用テラス(写真/インクアーキテクツ提供)
ちなみに自然園という名称は1915(大正4)年に農学者の岡見彦蔵氏が作った私設の「自然園」という、今でいえば公園のような空間にちなむもの。岡見氏は「人々が都会生活を健康的に営むためには自然と触れあう場所が必要である」と考えており、それを当時は田園風景が広がっていたこの地に求めたのです。住宅化が進んだ結果、1925年頃には閉園になったそうですが、バス停の停留所名、そしてこの建物にその名が残されているというわけです。
人気のまちを繋ぐバス路線上に立地
さて、ハイツ自然園の最寄り駅は東急東横線「祐天寺」駅、同「中目黒」駅で駅から歩くとどちらも15分ほど。ですが、地元の人達がよく使うのは東急田園都市線「三軒茶屋」駅と山手線その他が交差する「目黒」駅を結ぶ東急バス「黒06」路線。途中に祐天寺駅があるので、正確にいうと目黒~祐天寺~三軒茶屋を結ぶ路線ということになります。

目黒駅~祐天寺駅~三軒茶屋駅をつなぐ目黒06系統のバスが止まる。時間帯にもよるが1時間に3~5本が走っており、目黒駅からの終バスは22時30分(写真/インクアーキテクツ提供)
この路線は知る人ぞ知る便利路線。東急東横線から山手線各駅へは通常渋谷駅を経由しますが、バスを使えば混雑した渋谷駅を通らず、時間帯によっては座って「目黒」駅まで行けてしまいます。同様に東急東横線から東急田園都市線も「渋谷」駅経由が一般的ですが、こちらもバス便なら楽々アプローチ。経路の大半が住宅街の裏道的なルートになっているため、遅延も少なく、利用者も多いバス路線です。
通り沿いはバス路線だったためか、かつては米屋、クリーニング店など生活に密着した店舗が複数並んでいたのですが、このところ、賃貸住宅に建て替えられるケースが多く、取材時にはいくつもの建設現場を見かけました。「祐天寺」駅周辺、「中目黒」駅周辺はともに人気のあるエリアですが、古くから開発が進んでおり、駅周辺には新たに賃貸住宅を建てる余地はあまりありません。駅近くだと現状、賃料もかなり上がってもいます。そのため、利便性の高いバス通り沿いに新しい住宅が増えているのでしょう。
一方で建替えではなく、飲食店などに代わる例も出てきており、このエリア一帯は新たな注目スポットになりそうな気配があります。その一端を担うのが「ハイツ自然園」1階にあるカフェHALO。建物のオーナーさんはこのエリアが将来的にも選ばれる場所になって欲しいという思いを込めてカフェを手掛けることにしたのだそうで、そこで一緒に地域の変化を感じながら暮らすのも楽しそうです。

カフェ入口から駐輪場、ゴミ保管庫などを見たところ。緑があるだけで見え方が全く変わって来る(写真/インクアーキテクツ提供)
また、このエリアは電動キックボード、自転車その他シェアライドのステーションが点在、そうしたものを利用して移動する人達が多いのも特徴。敷地内には駐輪場もありますが、自転車以外の交通手段を使いながら地域を回遊できます。せっかくオフィス街以外のところで仕事をするなら、地域を楽しみながら働きたいものです。

カフェ入口から駐輪場、ゴミ保管庫などを見たところ。緑があるだけで見え方が全く変わって来る(写真/インクアーキテクツ提供)
文:中川寛子