先々週(2022年4月28日)、「アトリエ賃貸推進プロジェクト」の「アトリエ・工房・作業場探しのサポート専門サイト『東京アトリエさがし』」という記事で、「東京アトリエさがし」を運営しているラビットホーム株式会社の兼松信吾社長をご紹介した。兼松さんは関東一円でアトリエ等を探している方ひとりひとりの希望条件を聞き、二人三脚になって一緒に探してくれる仲介業者さんだ。
この仕事がどれだけ労力の要ることなのか、賃貸仲介業を経験したことがない方にはわかりづらいと思うが、地域に根ざした不動産屋さんが、勝手知ったる我が町のアパート・マンションを紹介するのと違い、兼松さんは関東一円、いろんな町の物件を調べ紹介する。お客様が内見を希望されたら一緒に見に行くが、100%入居申込みしていただけるわけではない。不動産業は「千三つ(せんみつ)」(※注:1,000件のうち3つしか話がまとまらないという意味。残念なことに、不動産屋は1,000に3つしか本当のことを言わないという意味でも使われる)とも言われ、兼松さんのお仕事はそこまで低い確率ではないと思うけれど、無駄足に終わることは相当多いはずだ。
そして不動産業は成功報酬だから、どんなにたくさんの物件を探し案内しても、成約するまでは手数料はいただけない。そんな中でも地道にコツコツ、アトリエ探しをしている方のお手伝いを続けておられる。これは誰にもできることではないと思う。 今回は兼松さんのような営業スタイルをとる仲介業者さんについて、僕の体験談を交えながらお話してみたい。
今から20年前ほど前の話だが、僕も“なりゆき”で兼松さんに近いスタイルで賃貸仲介の仕事をしたことがある。僕は34歳のときに起業し、たった1年あまりで挫折したという恥ずかしい過去があるのだけれど、その1年の間に頼まれてやった仕事のひとつだ。
起業して間もなくのこと、前職(企業メセナ協議会というNPOでアートサポートの仕事を約9年間やっていた)でお世話になっていた資生堂さんから、「東京都板橋区で『資生堂美容技術専門学校』を運営している。ここには高校を卒業したばかりの生徒さんたちが美容師になることを目指して入学してこられ、学校の敷地内に寮があるのだけれど、近頃は寮に入りたがらない生徒さんが増えてきた。その方たちの部屋探しを手伝ってもらえないだろうか」という相談をいただいた。
僕は賃貸の仕事は全くやったことがなかったのだけれど、食べていくためには何でもやらねばと、いただいたチャンスに飛びついた。そして大急ぎで賃貸仲介の基本を学び始めたのだが、しばらくして資生堂美容技術専門学校の校長先生が代わられた。
さっそくご挨拶に伺うと、新しい校長先生は「失礼ながら貴社のような設立間もない会社に、大事な生徒さんたちの部屋探しを一任することは難しいです。幸いなことに駅前にできたA社が『わが社にもチャンスがほしい』と営業にこられました。そこで貴社とA社の2社を生徒さんたちに紹介し、どちらか良い方に連絡をしてもらうことにしました」と言われた。
A社は賃貸仲介の大手で、テレビコマーシャルもしているから全国的に知名度は抜群。
片や自分は賃貸仲介のいろはを学んでいる新参者。とても敵うはずがないのだが、新校長のお考えは至極もっともなことなので、受け容れるほか道はない。
さて、どうしたものかと考えながらとぼとぼと駅まで歩いていると、目の前を1台のバスが横切っていった。そのバスの腹面には「A社なら仲介手数料半額」という宣伝文句が大きく描かれていた。
あまりのタイミングの良さ(いや、悪さと言うべきか)に、みじめさを通り越して笑いがこみ上げてきた。
「こうなったら、たったひとりでいいから自分で仲介させてもらおうじゃないか」と思い立った。悔しさや無念さは時に大きなパワーになることがあるというが、その通りで、僕はどうやったらA社より自分を選んでもらえるか、一生懸命考え始めた。
僕は「資生堂美容技術専門学校の生徒さんたちは、日本各地からやって来られる」という点に着目した。当時は今のようにインターネットが発達しておらず、地方にいながら東京の賃貸物件を探すには、情報量が相当不足している。子どもに代わって実際に部屋を探す親御さんたちはそのことを不安に思っておられるに違いないと思った。
そこでまず「東京賃貸ガイドブック」という小冊子をつくった。そこにはお部屋探しの流れ、敷金・礼金等の東京の賃貸条件、学校周辺の家賃相場、最寄り駅の街情報などを書き込んだ。それを良質の紙にプリントし、製本テープで綴じた。とても簡素な冊子だ。学校の合否は11月に決まるので、学校が合格通知書類を送る際、この「東京賃貸ガイドブック」も同封してもらった(A社のチラシも同封された)。
そして「東京賃貸ガイドブック」には学校からの距離、部屋の広さ、築年数、上限家賃などの希望条件を知らせていただく紙も綴じておいて、書き込んだらFAXで返信していただくことにした(当時はメールを使う人も少なかった)。
すると15人の生徒の親御さんからFAXが届いた。僕にだけ連絡してくださったのではなく、A社にもアプローチされていたのではないかと思うが、どなたからも相手にされないこともあろうと思っていたので大喜び。次にそれぞれの希望条件に近い物件図面を月2~3回ペースでFAX送信した。
親御さんたちは図面をある程度の数、見続けていると、次第にご自分の希望条件が現実と乖離していることに気づかれていく。
そして「家賃の上限はもう5,000円上げてください」とか「部屋はもっと狭くていいです」などという具合に条件をゆるめていってくださった。
2月になり、東京に内見をしに来られるようになると、それまで絞ってきた条件にそぐう物件を3件厳選し、最短で歩けるルートなども下調べしてご案内した。
不動産屋は「本命」「対抗」「アテブツ(※本命をより良く見せるために案内する物件)」の3件を用意するのが常套手段だが、僕が用意したのは全部「本命」物件。何しろ飛行機や新幹線で来られて、たった一日で部屋を探し、その日のうちに家に帰られるのだ。無駄な物件などご覧いただいている余裕がない。
中には一日ホテルに泊まって部屋探しをする方もいたが(初日は僕の案内した物件を見て、2日目は他社に行って物件紹介をしてもらったのだと思う)、そういう方はホテルまでご案内した。
さて結果はどうだったかと言うと、僕がお世話した15人の生徒さんは、全員、僕がご案内した物件で契約をしてくださった。そしてほとんどの親御さんが、契約後、御礼状とともにお酒や地方の銘菓などを送ってきてくださった。
学校にA社の状況を訊くと、「成約はなかったそうです」と教えてくれた。
つまり僕は全勝してしまったのである。
A社のように仲介手数料を半額にすることはできなくて、賃料の1ヵ月分フルに頂戴したのだが、きっと内見の数ヵ月前からやっていたことを評価してくださったのだと思う。
資生堂美容技術専門学校もとても喜んでくださり、「来年も是非」と言ってくださったが、僕は辞退させていただいた。この経験もあって、僕は「賃貸不動産についてもっと基礎から学びたくなり、会社を畳んで賃貸管理会社に就職しようと考え始めたからだ。そして実際その通りに行動し、あらためて独立するまで10数年間、賃貸の勉強を続けた。
僕が資生堂美容技術専門学校の生徒さんのためにやった営業スタイルは、A社ではたぶんなかなかできないと思う。
なぜなら、僕はたった15人のお客様をお世話したにすぎないが、A社の営業マンはその何倍ものお客様を抱えている。そのひとりひとりと、案内の数ヵ月も前から密にやりとりを続け、借りられる部屋の条件を絞っていくようなことは、不可能ではないけれど至難の業だと思う。
会社の大きな母体や宣伝経費などを支えていくためには、質より量を追わねばらない。
ところが「東京アトリエさがし」の兼松さんや、僕の会社のように、小さな規模でやっているところは、そんなに量を追う必要がない。逆に質を高めていかなければ、生き残っていくことができない。
こうした背景を理解いただくと、ワクワク賃貸でご紹介しているような、楽しいコンセプトのある賃貸物件を探すとき、どういう仲介業者さんを味方につけたらいいか、おわかりいただけるのではないかと思う。
そして、これも知っておくとよいように思うのだが、ひとりひとりに寄り添って二人三脚で物件探しをしようとする仲介業者さんは、ご自身も実はお客様を選んでいることが多い。ひとりひとりに費やすエネルギーが大きくなる分、それを無駄にはできないという意識が強く働くのは当然のことだ。
「この方は信頼できる!」と思った仲介業者さんと出会えたら、その方からの信頼も裏切らないようにすることが大切だ。二人三脚は、仲介業者さんだけがお客様に寄り添ってもうまくできない。お互いに信頼し合って初めて成立するものだ。
信頼できる仲介業者さんと良き出会いを果たし、理想の賃貸住宅を手に入れていただけたらと強く願っている。
文:久保田大介