《 世界のワクワク住宅 》Vol.056

3Dプリンティングの建築技術が切り拓く砂漠の街の未来<エル・コスミコ>〜マーファ、テキサス州(アメリカ)〜

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マーファという街をご存知だろうか。
アメリカ・テキサス州西部の大部分を占めるチワワ砂漠に囲まれた、人口2000人ほどの街。主要都市エルパソから荒野を車で3時間走り抜けて、ようやく辿り着ける陸の孤島だ。メキシコの国境にほど近い。

そんなアクセスの悪い場所でありながら、マーファは独特なアートやカルチャーが育まれる場所として、世界中の人々を魅了し続けている。
先頃、この地の滞在施設が3Dプリンティングで建設されることが発表され、大きな話題となっている。

3Dプリンティングで新しく建設される「エル・コスミコ」ホテル外観イメージ

まずは、マーファという場所についてもう少し詳しく説明したい。
マーファは、1960年代の戦後のアメリカ美術を代表するアーティスト、ドナルド・ジャッド(1928-1994年)と深い結びつきがある街として知られる。ジャッドがなぜ華やかなアートの中心地・ニューヨークを離れ、荒涼とした砂漠の街・マーファに移り住んだのか。たとえば、鉄やアルミの箱を規則的に並べただけの作品など・・・。彼のアートについては他稿に譲るが、装飾性を省いたミニマルな作品の数々を見れば、合点がいくだろう。

2024年9月時点の工事状況

ジャッドは1973年以降、マーファの旧陸軍基地跡の広大な敷地や、銀行・郵便局であった建物を次々に取得し、そこに自身の作品を数多く展示した。1986年にはアートセンターの「チナティ財団」を設立するに至った。
これらの場所を起点に、マーファは現代美術のメッカとなった。今では、ジャッドのみならずさまざまな美術作品の展示のほか、映画祭や音楽イベントが開催される。それらを目当てに年間5万人ほどが世界中から集い、食やファッションも含め、独特なカルチャーを皆がともに育んでいる。
このように、マーファは文化的意識の高い人たちの耳目を集める場所なのだ。

マーファの滞在施設の中でも有名なのが、2009年に設立されたエル・コスミコ。現在は21エーカー(東京ドーム1.8個分)のキャンピンググラウンドにテントやトレイラー、ユルトやアパートといった各種施設があるが、これが60エーカー(東京ドーム5.2個分)に拡張され、新たな開発が行われるという。

左:ICON社CEOのジェイソン・バラール氏  右:リズ・ランバート氏

こうした壮大なプロジェクトは、やはり明確なヴィジョンを持ったブレインが牽引するもの。エル・コスミコの場合、ブレインの役割を果たしているのはホテルビジネス界のカリスマ、リズ・ランバート氏。
ランバート氏は、ジャッドと同様、マーファを語る上では外せない存在である。寂れた安宿をおしゃれなブティック・ホテルとして生まれ変わらせた経験に始まり、テキサスを拠点とするホテル・グループまでをも立ち上げた実にパワフルな女性。中でもエル・コスミコは、「人生とは、冒険と"何もしないこと”のバランスを求めること」のモットーのもと、自由な滞在スタイルを提供する施設として多くの人々から愛されている。

3Dプリンティングで円形の部屋が次々と形成されていく。

そのランバート氏が、3Dプリンティングの建築技術に特化したICON社と、建築設計事務所のビャルケ・インゲルス・グループと組み、エル・コスミコを次なるステージへと引き上げる大規模なプロジェクトに着手した。
拡張プロジェクトに含まれるのは、43戸のホテルユニットと、18戸の個人住宅の建設。建築分野における3Dプリンティングの導入は年々広がりつつあるが、ホテルの建設としては世界初の試みとのこと。

ホテルのプール

2026年完成予定のホテルには、プール、バスハウス、レストランといった施設が含まれ、予定では一泊$200から$450になるそうだ。

巨大な3Dプリンター、Vulcan。大きなアームから特殊なコンクリート素材を出力し、層を重ねながら壁を形成していく。

さて、建設用3Dプリンターとは実際、どのようなものなのか。
簡単に言えば、巨大なインクジェットプリンターを想像していただきたい。アームから素材を出力しながら積層していくことで壁面を構築していく。
ICON社のプリンターVulcanに使用されるのは、「ラバクリート」と言われる低炭素素材のコンクリート。マーファの風景に合うように着色された素材で、完成した建物は、まるでマーファの土地から自然に立ち上がったかのような美しい仕上がりだ。

その時の天候や温度によって、乾いた後の素材の色が変わる。ストライプの層はまるでバームクーヘンのよう!

素材の詳細は企業秘密だそうだが、興味深いのは、その出力の時間帯によって乾くスピードや仕上がりの色味が変わるということ。たとえば、暑い日には薄めのベージュ、雲りの日には濃い茶色といった具合に。

ホテルの施設の一つ、バスハウス。ここも曲面と縞模様が特徴的だ。

完成した壁面はのっぺりとしたコンクリートではなく、独特な縞模様となり、これが風景に溶け込んで実に美しい。

住宅部分の「サンデーホームズ」の内装イメージ。

ICON社CEOのジェイソン・バラール氏は、こう語る。「3Dプリンテイング技術は実験の余地を広げてくれます。有機的なフォルムや自然な構造が可能となり、より快適で、人間的で、安全で、温かく、魅力的に感じられる空間を作ることができます」。ご覧の通り、エル・コスミコでは3Dプリント技術ならではの美しいカーブやドーム、放物線アーチが建物の至るところに見られる。

カーブした壁面が優しいイメージのベッドルーム。

ホテルに隣接する形で建設されるレジデンス部分の「サンデーホームズ」には、3室と4室仕様がある。3Dプリンティングで形成された高さ3.7メートルの壁面と、室内と外の景色をシームレスに繋げる天井部まで届く大きな窓はとてもスタイリッシュ。周囲のデービス山脈を始め、豊かな自然環境との一体感が重視されている。

昨今、3Dプリンティングの用途は格段に広がりつつある。医療、ファッション、製造業、教育、航空業界、アートなど。建築の分野では、作業の簡素化・効率化、時間短縮、自由なデザインの可能性に加え、建設廃棄物の削減、過酷な環境における建設作業の拡充など、利点が多い。

翻って、先進的なテクノロジーの導入によって、スキルを持った職人たちの離職や転出も招きかねない。加えて、3Dプリンターで作られた建物の耐久性や快適性などが長期的に見てどうなのか・・・課題は多々あると言える。

しかし、地球から抽出した生の素材を積み重ねていくという古の時代の建物づくりと、未来的な技術を融合した3Dプリンティングの建築はやはり、とても魅力的だ。砂漠の街の未来を切り拓く、新しいエル・コスミコにこれからも注目していきたい。

写真/All sources and images courtesy of ICON

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

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河野 晴子(こうの・はるこ)

河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書や展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。2019年より「世界のワクワク住宅」の執筆を担当。このコラムでは、久保田編集長とともに、宝探しのように世界中の驚くようなデザインやアイディアに満ちた建築を探り、読者のみなさまに紹介したいと思っている。

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