《 アトリエ賃貸推進プロジェクト 》Vol.029

水彩作家・U-kuのアトリエ訪問~元・サウナ施設をアトリエ、ギャラリー、カフェからなる複合文化施設に改修したCHILL(in武蔵新城)

投稿日:

大浴場だった空間がアトリエに変身

アトリエ付きの賃貸住宅を増やす活動(=アトリエ賃貸推進プロジェクト)を始めてから、美術作家さんの個展に行く機会が増えました。
作家さんが在廊しているときは、厚かましいとは思いながらも話しかけ、このプロジェクトの紹介を簡単にさせてもらうのですが、最後に「どんなアトリエで制作しているのですか?」とお訊ねしています。
今回、取材させてもらったU-ku(ユーク)さんもその一人ですが、U-kuさんは「元・銭湯だったシェアアトリエを利用しています」と意外なお答えをしてくださいました。
元・銭湯のアトリエって???と大いに興味を惹かれましたが、個展の最中にあれこれ質問するのはご迷惑なので、「後日、取材させてください」とその場で申し入れました。
その後、調べていくうちにU-kuさんが利用されているシェアアトリエは、元・サウナ施設だった建物を、食とアートの複合施設に改修した「CHILL(チル)」の一部であることを知り、「DIY賃貸推進プロジェクト」を連載してもらっている伊部尚子さんがCHILLの運営責任者・和泉直人さんと(伊部さんいわく)“心の友”であることがわかり、その伝手でCHILL全体も取材させてもらえることになりました。
まずはU-kuさんのお話をもとに、シェアアトリエとしてCHILLが優れている点をご紹介していきましょう。

 

[U-ku(ユーク)さんのプロフィール]

1989年生まれ、兵庫県出身。横浜市在住。
独学で絵を描き始め、幼少期に2年間のアメリカ生活を経験。上京後、画材店での勤務を経て作家活動を本格化する。2016年、銀座にて初個展を開催。2021年、「第3回日本文芸アートコンペティション」最優秀賞、「2021美の起原展」「2022美の起原展」奨励賞を受賞。小説『赤と青とエスキース』(青山美智子著)の装画を担当。2022年には青山美智子氏との共著「マイ・プレゼント」「ユア・プレゼント」を出版(PHP研究所)。現在、水彩作家として活動中。

アトリエとしてCHILLが優れている点

CHILLの外観

JR南武線「武蔵新城」駅の南口を出てまっすぐ歩き始めると、すぐに「サウナ」の広告塔の一部(サウぐらい)が見えてきました。CHILLが元・サウナだったことを知っている人なら「ああ、あそこがCHILLだな」とわかります。

そのまま歩き続けること約3分。「CHILL 食と アートと 音と 映像と」と書かれ建物が現れました。1階の駐車スペースにはソファーやテーブル、古いブラウン管のテレビなどがあって、いい雰囲気を醸し出しています。

階段を上がって2階の入口に入ると、そこには絵画が展示されています。
ここは「通路美術館」という名の展示スペースになっていて、U-kuさんの作品も飾られていました。何とも贅沢なお出迎えです。
U-kuさんは「アトリエの入口はわかりづらいので、着いたらお電話ください」と言ってくださっていたので、作品を見ながら待っていたら、絵の横にある扉からU-kuさんがひょっこり現れました。通路美術館の壁の向こうにシェアアトリエはあったのです。
さっそくU-kuさんのアトリエに案内していただき、インタビューを始めました。

⎯⎯⎯⎯ こちらがU-kuさんが借りている区画なんですね。

U-ku:私の区画は大浴場の浴槽だったところで、今は基礎だけが残されています。 昨年までは奥の半分だけお借りしていたのですが、手前の区画が空いたので、今年(2023年)の1月から借り増しさせてもらってます。

⎯⎯⎯⎯ 大浴場の浴槽だったのであれば、汚れを気にせず自由に使えるというイメージがあるけれど、実際はどうですか?

U-ku:「汚してもいい」とは言われていないです(笑)。借りている場所なので私もできるだけきれいに使わせてもらっています。

⎯⎯⎯⎯ 汚し放題というわけにはいかないんですね(笑)。

U-ku:でもDIYで棚を取り付けさせてもらうなど、かなり自由にさせてもらってますよ。

⎯⎯⎯⎯ 元・大浴場だったということで、ほかに良い点はありますか?

U-ku:区画が壁で仕切られていないから、とても開放的です。

⎯⎯⎯⎯ 確かに開放感は抜群ですね!

U-ku:一緒にシェアしている奥田雄太さんは、どんどん売れっ子になっていかれて、アシスタントさんが何人もいらっしゃいますが、仕切りがないから、発展していく様子を間近で見ることができ、とても刺激になっています。

⎯⎯⎯⎯ 売れっ子作家になっていく過程を見ていると、刺激になるだけじゃなく、売れ方がわかるのも良さそうだなと思います。

U-ku:CHILLからはメジャーになって卒業していった作家さんが何人もいるので、ここにいるとあやかれるような気がします(笑)。実際、私もCHILLに来てから青山美智子さんとの共著の話が決まったり、東京新聞でコラムを書かせていただくことになったりと、良い風が吹いてきています。

ところどころに元・サウナだった名残がある。

⎯⎯⎯⎯ このシェアアトリエは利用時間の決まりがあるのですか?

U-ku:アトリエは24時間利用できます。私はいつも昼すぎに来て、夜の零時、1時まで使わせてもらっています。奥田さんのアシスタントの仕事は19:00までと決められているから、夜はこの広い空間を独り占めできるんです。

⎯⎯⎯⎯ そんなに遅くまでいると、電車がなくなってしまうのでは?

U-ku:私は自転車通勤しているので大丈夫です。家から自転車で通えるというのもCHILLを選んだ理由のひとつです。

⎯⎯⎯⎯ なるほど、それは便利ですね。でも夜ひとりで、こんな広いところにいたら、怖くないですか?

U-ku:最初のうちはちょっと怖かったけど、もうすっかり慣れました。時々歌を歌いながら描いてますよ(※注 アトリエの隣にオフィスがある運営責任者の和泉さんによると、U-kuさんの楽しそうな歌声がよく聴こえてくるそうである)。

3階のカフェ。

⎯⎯⎯⎯ ほかにアトリエとして気に入っている点はありますか?

U-ku:ほかに、と言うより、これは一番気に入っている点なのですけど、3階にカフェがあるのがとてもいいです。お客様が来たら打合せに使えますし、疲れたときは気分転換するのに最高です。

⎯⎯⎯⎯ 確かに、こんな素敵なカフェがあるアトリエは、そうそうないですよね。

U-ku:珈琲も美味しいし、お菓子をつくって売っている方がおられるのですが、そのお菓子も美味しくて、とても寛げます。

⎯⎯⎯⎯ 食とアートの複合文化施設ならではの長所ですね。

U-ku:その意味で言うと、元・サウナ施設だったアトリエという点も話題性があって良いです。その話をすると、皆さん、とても関心を持ってくださいます。

⎯⎯⎯⎯ 確かに、僕もそう聞いて飛んできたうちの一人ですから、よくわかります(笑)。

U-ku:作家活動をしていて、注目していただける点がひとつでも多いというのはありがたいことなので、CHILLからはなかなか離れることができません。

CHILLの運営

CHILLの運営責任者をしている和泉直人さん。

つづいて、bonvoyage株式会社・代表取締役の和泉直人さんにCHILLの運営について、お話を伺いました。
bonvoyageは建築・デザイン・不動産活用・ファイナンシャル・事業運営など多くの視点からプロジェクト全体の最適化を図り、建築にまつわる事業の企画・プロデュースを行っている会社で、CHILLも建物所有者さんからの相談を受けて、プロデュースした物件のひとつです。

⎯⎯⎯⎯ CHILLはシェアアトリエや通路美術館などアート空間のある複合文化施設ですが、和泉さんは美術作家さんたちとのつながりが、もともと深かったのですか?

和泉:いいえ、全く(笑)。以前勤務していた会社で、川崎市高津区にあった銭湯をアートスペースとして運営するというプロジェクトを担当していて、それから作家さんたちと接するようになりました。4年ほど前の話です。

⎯⎯⎯⎯ とても面白そうなプロジェクトですね。

和泉:「おふろ荘」という名で、男湯だったスペースを図書室やギャラリーに、女湯だったスペースをシェアアトリエにしていました。取り壊しになるまでの1年間限定ということで2019年4月にオープンし、翌年の9月に閉じたんですが、CHILLのシェアアトリエを使っている奥田雄太さんはおふろ荘からこちらに移ってきてくださった方で、U-kuさんも作家仲間さんと一緒に企画展を開いてくれてました。

⎯⎯⎯⎯ おふろ荘の成功事例を見て、CHILLのオーナーさんがお声がけくださったのでしょうか?

和泉:そういう要素もあったと思います。

⎯⎯⎯⎯ 先ほどU-kuさんから、シェアアトリエとしてのCHILLの魅力を聞かせていただきましたが、複合文化施設としてのCHILLについて、簡単にご説明いただけますか?

和泉:2階に「通路美術館」という小さなアートギャラリーがあって、ここで時折企画展も開催しています。3階のカフェではコンサートを何度か開催しましたが、コロナ禍で今はあまりやれていません。

⎯⎯⎯⎯ コンサートや企画展は和泉さんご自身がプロデュースしておられるのですか?

和泉:そういうものもありますが、私の知人やスタッフが企画したものもあります。

⎯⎯⎯⎯ CHILLのアートイベントはどのようなコンセプトで企画されているのでしょう?

和泉:アートと言うと、なんだか少しハードルが高く感じてしまいがちですよね。
美術展もコンサートもよし行くぞっ!と決めていかないと少し物怖じしてしまうようなところがあります。
でも本当は、アートってもっと日常の中にあったほうがいいと思うんです。
忙しい日々を送る大人たちは、ふと帰り道に寄ろうかな?って感覚で、子どもたちは、小さい頃から脳みその原風景にアートやクリエイティブが存在していることが、将来的にすごく役に立ったりするはず。
CHILLでは、アートとこの街の距離が近くなるといいなと思い、活動を続けています。

サウナ室だった部屋が今は和泉さんのオフィスになっている。

⎯⎯⎯⎯ 和泉さんは元・サウナ施設からCHILLへのコンバージョンを成功させたプロデューサーでいらっしゃいますが、今はどういう立場でCHILLに関わっているのですか?

和泉:一言でいえば運営者です。それまでの事業では、こうした施設をつくるまでが役割でしたが、CHILLでは新しい試みに取り組んでいます。カフェやシェアアトリエの利用者さんたちが入居されたら、その後はオーナーさんが自主管理をされ、運営は自治でなされていけばいいという考え方もあると思うのですが、実際はそれではうまく回っていかないように思います。私の会社が担っているのは、CHILLというコミュニティーのファシリテーターという役割です。

⎯⎯⎯⎯ 管理会社とはまた違うのですか?

和泉:管理やマネジメントというのとはちょっと違いますね。CHILLのオーナーさんや、借りてくださっているカフェや作家さんたちの意見を聞きながら、新しい文化的価値を生み出し続けるのが、ここでの仕事です。

和泉さんが経営するカフェ「bonvoyage」。

⎯⎯⎯⎯ オーナーからは業務委託手数料をいただいているのですか?

和泉:そういう考えもありましたが、このプロジェクトの収支を試算しましたら、私たちの仕事に見合う手数料をいただいてしまうと採算が取れなくなる可能性があったので、全部で4区画あるカフェのうちの1区画を提供いただき、自分たちの手数料分は自分たちで稼ぐという方法を取ることにしました。

⎯⎯⎯⎯ カフェの経営が軌道に乗らなかったら、大赤字ですね(笑)。

和泉:確かにそうですけど、自分たちがプロデュースした施設が、きちんと運営されていくことに関わっていけるという、新しいチャレンジができる仕組みだったので、やってみたいと思いました。

カフェには小さな子どもたちが遊べる空間もある。

⎯⎯⎯⎯ これまでシェアアトリエをいくつか見学させてもらってきましたが、オーナーさん、利用者さんのどちらかが運営責任者の役割を担っておられ、和泉さんのようにファシリテーターとして関わっている方はいませんでした。

和泉:オーナーさんに十分な経験があったり、利用者さんによる高度な自治ができたりすればいいですが、なかなか難しいですよね。

⎯⎯⎯⎯ そう思います。ファシリテーターという役割の大切さをしっかりと世の中にわかっていただけるようになれば、シェアアトリエやCHILLのような複合文化施設はもっと増えていくと思うので、和泉さんたちには本当に頑張っていただきたいです。
今日はお忙しいなか、どうもありがとうございました。

< CHILL(チル)基本情報 >
神奈川県川崎市中原区新城5-7-12
公式サイトhttps://chilljyo.jp/
インスタグラムhttps://www.instagram.com/chill______chill/?hl=ja

文:久保田大介

  • この記事を書いた人
アバター

久保田 大介

『ワクワク賃貸®』編集長。有限会社PM工房社・代表取締役。 個性的なコンセプトを持った賃貸物件の新築やリノベーションのコンサルティングを柱に事業を展開している。 2018年1月より本ウェブマガジンの発行を開始。 夢はオーナーさん、入居者さん、管理会社のスタッフさんたちがしあわせな気持ちで関わっていけるコンセプト賃貸を日本中にたくさん誕生させていくこと。

-アトリエ賃貸推進プロジェクト

© 2024 ワクワク賃貸®︎