保健所の壁とは?
Vol.008の記事で、菓子工房をつくる際に4つの壁があるとお伝えしました。
4つの壁とは「基本的な知識の壁」、「不動産屋の壁」、「工事業者の壁」、「保健所の壁」で、その記事では「工事業者の壁」についてご説明しました。
まずはじめに、良い工事業者さんを見つけてから物件探しをしたり、保健所に行ったりすることが、菓子工房づくりにとって大事だと考えているためです。
そして今回は「保健所の壁」について、お話したいと思います。 菓子工房づくりを目指している方は、はじめに不動産屋さんに相談に行くところからスタートされるケースが多いようなのですが、先に「保健所の壁」についてきちんと認識した上で不動産屋さんに行かないと、良い物件を紹介してもらえないし、紹介してもらえたとしても、それが本当に菓子工房に向いているのかわからないと思うので、先にご説明することにしました。
「保健所の壁」とは何かを一言でいいますと「わかりづらさ」ではないかと思います。
保健所では、皆さんが選んだ(つくった)菓子工房で営業許可を申請すると、施設基準を満たしているかどうか判断してくださいますが、この施設基準が地方自治体によって微妙に違っていたり、担当者の説明が理解しづらかったりするのです。 なぜそうなってしまうのか、私の見解を説明してまいります。
施設基準が地方自治体によって異なっている?
「菓子工房賃貸推進プロジェクト」に空き待ち登録をしてくださっている方と、オンラインでミーティングをすることがあります。
多くのご登録者さんは、登録の際、メッセージを添えてくださいますが、それを読んで私自身が疑問に思ったり、興味深いエピソードをお知らせくださったりしたときに、詳しくお話を伺いたくて、オンライン・ミーティングをご提案しています。
つい最近も、ある地方都市で菓子工房をつくろうとしている女性とオンライン・ミーティングをしたのですが、その方は地元の保健所から「菓子工房のキッチンのシンクは二槽式でなければならない」と言われたそうです。
しかし、2021年6月に食品衛生法が改正され、菓子製造業の工房に設置するキッチンは、一槽で良くなったはずなので、その女性にそう伝えましたら、「それは知らなかった」と言い、すぐに保健所に相談されました。
ところが、「キッチンは二槽を用意するよう指導しており、法改正を経た今も変わっておりません」と再度言われたそうなのです。
「私は許可を得る側である以上、自治体の方針に従うことになるのだろうなぁと思います」と残念がっておられました。
でも賃貸住宅のほとんどのキッチンシンクは一槽ですから、二槽にするにはキッチン交換か、キッチン横にもうひとつシンクを設置する必要が生じます。ただでさえ、手洗い用の洗面台の設置をオーナーさんや管理会社さんに承認してもらわなければならないのに、さらにもうひとつシンクを追加するとなると、さらに承諾してもらいづらくなりますし、工事代金も大幅にアップします。
これひとつで菓子工房づくりを諦めてしまう方も出てきそうですよね。
私はここ1~2年の間に東京の保健所を多く訪ね、ご指導いただいてきましたが、「二槽シンクは必要なくなりました」と必ず言われています。
では、なぜこの地方都市では二槽シンクが必要だと指導しておられるのでしょうか?
2021年6月以前は、国が“技術的助言”として基準を通知し、都道府県はそれをふまえて業種別に施設基準を定めていました。
しかし、全国展開する営業者さんから「自治体ごとにどのような施設基準を定めているか把握したり、設計の変更をしたりするのに多くの時間や費用の負担が生じている」などの苦情が寄せられたそうで、2021年6月の食品衛生法改正では、厚生労働省が営業施設の基準を省令で「参酌基準」として定め、都道府県などは条例を定めるにあたり、この基準を十分参考にしなければならないとしました。
この制度の導入によって、施設基準の全国平準化が図られることになったわけですが、しかしまだ過渡期で、完全に平準化されるには至っていないというのが実情のようです。
保健所が大切にしているのは「食の安全」
もうひとつ、保健所の「わかりづらさ」について、お伝えしたい話があります。
それはVol.007でも書いたことなのですが、保健所の方は「~しなければならない」ことと「~したほうがよい」ことを混ぜて話されることが多いように私は感じているということです。
保健所の方にとって何より大切なことは食の安全を守ることなので、そのために、積極的に助言くださるご担当者が多いように思いますが、施設基準に関する知識のない方は、「~したほうがよいですよ」と言われたことも、全てやらないと営業許可を得られないと勘違いされます。
「したほうがよい」ことを全てやっていたら工事代金がかかりすぎるし、不動産オーナーや管理会社の許可も得づらくなるのだけれど、保健所の方はそこまでは関与されません。大事なことは食の安全を守ることで、菓子工房を増やすことではないからです。
この点を私たちはよく理解しておく必要があると思います。
ブログの情報を鵜呑みにしない
自前の菓子工房をつくられた方が、そのことをブログで書くケースが多く、成功談として大いに参考にしたいところですが、しかし残念ながら誤った情報が散見されます。
それは上記の2点、地方自治体により施設基準が微妙に異なってしまっていることと、「~したほうがよい」ことを「~しなければならない」と理解してしまったことによるものが多いのではないかと私は考えています。
たとえば「キッチンのサイズは1800mm以上でなければいけないのですよね?」と言われた方があり、「そんなことはないですよ。どうしてそう思われたのですか?」と訊ねたら「そう書かれたブログを読んだことがあります」と答えられました。
よく確かめていませんが、ひょっとするとキッチンのサイズを強く指導している地方自治体があるからかもしれませんし、保健所のご担当者が「1800mm以上にしたほうがよい」と言ったのかもしれません。
でも少なくとも東京では、キッチン、洗面台などについてサイズの規定はありません。推奨サイズがあることはありますが、あくまでも推奨で、その通りにしなかったからといって営業許可をいただけないということはありません。
そもそも成功談をブログに書かれている人は、数多くの成功体験を元にしているわけではないですし(何度も菓子工房をつくる人は稀ですよね)、2021年6月の食品衛生法改正前の話かもしれません。
ブログの情報を鵜呑みにするのは、かなり危険なことだと思います。
「食品関係営業許可申請の手引」を読み込む
保健所のほうでも、営業許可取得を目指している方に、できる限りわかりやすく説明するよう努めてくださっています。
私は東京都の保健所で配布されている「食品関係営業許可申請の手引」(2022年11月発行)に何度も目を通していますが、この資料も非常に丁寧に説明してくれていて、重宝しています。
ところが、自身の読解力、認識力の欠如で誤解してしまったことがあります。実は私も菓子工房のキッチンは二槽式でないといけないと勘違いしたことがあるのです。
なぜかというと、9ページに「施設の構造及び設備を示す図面」があるのですが、それを見ると、洗浄設備のところに「共用による汚染を防ぐため、食材用シンクと器具洗浄用シンクを分けて2槽設置」と書いてあります。
これを読み、二槽式でないといけないのだなと思ったのですが、保健所の方と話をしているうちに、「洗浄設備の設置例」と書いてあることに気が付きました。
この資料は菓子製造業のためだけでなく、飲食店など他の業種の方にも共通の資料としてつくられているのですが、飲食店は二槽シンクを義務付けられているので、「例」としてこう記載されているようです。
私がうっかり屋だと言えばそれまでですが、同じように勘違いする人もいるのではないかなあと思います。
菓子製造業施設の特定基準
施設基準には「共通基準」と営業施設ごとの「特定基準」があります。
東京都の場合、菓子製造業の特定基準は上図の通りですが、「区画」の欄に「原材料の保管及び前処理並びに製品の製造、包装及び保管をする室又は場所を有すること。なお、室を場所とする場合にあっては、作業区分に応じて区画されていること」とあります。
これを読んで、「必ず“室”をつくらなければいけないのではないか」とか、「“室”と“場所”ってどう違うのだろうか?」とか考えたことがある方もいるのではないでしょうか?
私は以前、都内の保健所で指導を仰いだとき、「小麦粉は宙を舞うので、小麦粉を扱うときは専用の区画で作業するのが望ましい」と言われたことがあります。これはこの特定基準に基づいて言われたことかなと思うのですが、この点について別の保健所で確認をしたところ、「“室”というのは工場など規模の大きな作業場で求められているもので、マンションの1室などの場合は“場所”でよいです」、「“室”は壁で仕切られたところで、“場所”は文字通り室内のスペースです。小さな菓子工房の場合、この作業はここで行う、というように、きちんと定めてくれていたら大丈夫です」と教えてくださいました。
法律は読んでわかりづらいことが多いですが、保健所の方がこのように丁寧に解説してくださると助かります。ただ「先生」のように思える担当者さんに、「~したほうがよい」と言われると、それを守らなければ許可してくれないと思ってしまいがちなので、なかなか厄介です。
「保健所の壁」を乗り越えるためには
結局、大切なことは自らが正しい知識を持つように努めることだと思います。
保健所の方にご指導いただく前に、「食品関係営業許可申請の手引」のような資料を入手し、じっくり読み込んでからいくと、「~しなければならない」と「~したほうがよい」とがよくわかるようになるのではないでしょうか。
しっかり予習をして正しい知識を身につけることは、自身の食の安全に対する意識を高めることにもつながりますので、どうかしっかり学んでいただきたいです。
「保健所の壁」を乗り越える最良の方法は、自分でもしっかり学ぼうとすることだと私は思います。
文:久保田大介